モーレツ宇宙海賊第十六話「初仕事!白鳳海賊団」
法則はあってもルールは無いこの宇宙では、画一的な行動は命取りとなる。海賊行為や電子戦、超高速跳躍などにも勿論マニュアルは存在するが、不測の事態においては乗組員、取り分け船長の決断が船の運命を左右する。白凰女学院ヨット部を引き連れた加藤茉莉香の腕の冴えは果たして・・・。
弁天丸の乗組員が、茉莉香を除いて残らず強力な風邪のウィルスに感染。その感染力ゆえに病院船に隔離されたまま、茉莉香たちは弁天丸の海賊行為を行えずにいた。しかし、このままだと全員が解放されるまえに、海賊免許である「私掠船免状」の効果が切れてしまう。継続して90日以内、海賊行為による自動更新をするために一度だけその海賊行為を隔離されている弁天丸の乗組員以外で行うしか茉莉香には方法が無かった。
チアキの推薦で茉莉香の通う白鳳女学院ヨット部を引き連れて、こっそり弁天丸に乗り込む茉莉香。マニュアルが無い弁天丸をヨット部でなんとか動かすために、事情を察知した弁天丸ブリッジクルーであるケインたちは、病院船で知らないふりをしつつマニュアル製作に必死に取り掛かる。出来立てホヤホヤのマニュアルをさもデータファイルの奥底で眠っていたかのように保険会社のショウは茉莉香たちに差し出す。画して女子高生による海賊船がここに誕生したのである。
激烈、炸裂、強烈、破裂、爆裂、モーレツ宇宙海賊。第16話「初仕事!白鳳海賊団」
「「「いっただっきま〜〜〜〜す!!!」」」
宇宙。たう星系の星系軍錨泊空域から超高速跳躍を繰り返して、とりあえず弁天丸の状態は安定したようだ。景気のよい掛け声が弁天丸の食堂から飛び出す。
自前で持ち込んだ食材と弁天丸の在庫を合わせた特製カレーが弁天丸の出航記念としてヨット部全員に配られた。
茉莉香「は〜。一時はどうなるかと思ったけど、とりあえずなんとかなって良かったぁ・・・。」
いつも食べ慣れた馴染みの味付けだが、色々と気を使った仕事の後に食べるカレーは茉莉香にはまた一味違う。
チアキ「気を抜くのはまだ早いわよ。本番はこれからじゃない」
茉莉香「そうだけどさぁ・・・。」
リン「まぁ、ご飯の時くらいはホッとしないとな。」
向かいの席で食べていたリンが茉莉香のフォローに回る。
グリューエル「カレーとは美味しいのですね。初めて食べました」
茉莉香「本当ハラマキ、料理上手だよねぇー。茉莉香かんげきぃ〜」
一時はシュニッツァーの席でうっかり主砲を派手にぶちかますという大活躍をしてしまった原田真希ことハラマキだが、どうやらカレー作りで実力を発揮、見事プリンセスの口をも唸らせたようだ。
茉莉香「超高速跳躍もできるようになったし、明日から海賊行為の練習をしないと・・・」
奇襲、略奪、時には剣戟。海賊稼業は他の仕事とは違う。常にお客を待たせないように最善の姿勢で臨まなければならない。弁天丸はその辺りでは他の海賊とは一線を引くほどの超一流だ。
しかし、今乗り込んでいるのはちょっと宇宙船の操作に詳しいだけの素人の女子高生。茉莉香は船長として今後の営業に備えるための練習プログラムを考えていた。
茉莉香「とはいえ・・・今日はもうやる事無いよね?」
茉莉香は隣のテーブルで食べているチアキに目をやった。一応海賊として相談事が出来るのは彼女だけなので、何かと意見を頼ってしまう。
チアキ「あるわよ」
茉莉香「え!?なんか忘れてる?」
チアキ「“部屋割り”。みんなどこで寝るの?」
茉莉香「うわ!そうだった〜〜忘れてた〜!」
オデット二世と比べても弁天丸はそれなりに大きい。乗組員もケインたちブリッジの専属員の他に、機関室や武器庫、様々な戦闘員が乗り込んでいる。茉莉香は船長に成り立ての頃に全ての部屋を見たはずだったが、今となっては記憶の彼方である。とはいえ、ヨット部全員占めても弁天丸の乗組員よりは少ないとはいえ、来賓用の空部屋だけでは明らかに部屋が足りない。かと言って空いていない乗組員の部屋はさすがに使える訳もない。プライベートな部分もあるが、特に海賊なんてやっている人間の部屋などとても人に見せられるものではなかった。このままではマズイとようやく気づいた茉莉香は急いでカレーをかき込んで食堂を出た。
リン「相変わらず厳しいな、チアキ」
チアキ「そうですか?」
グリューエル「同じ海賊の立場として、早く茉莉香さんに一人前になって欲しいんですよね?」
チアキ「そんなんじゃないわよ。みんなだって寝られなかったら困るでしょ。」
そう言ってカレーを口に入れたチアキは次の瞬間、いたずらに入れられたカプサイシン(すげぇ辛いやつ)入りのカレーとも知らずに茉莉香の知らぬところで悶絶する事になる。
「情熱の味〜カプサイシン〜」
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一方
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百眼「今頃弁天丸も夕食かな?」
クーリエ「茉莉香ちゃんって料理できたっけ?」
ケイン「部員に上手いやつがいるから大丈夫だろ?」
強力な風邪のウイルスの感染を防ぐために隔離されていた弁天丸メンバー。隔離されるほどの事態とはいえ、元はただの風邪なのでそんなに長い事症状は続かず、軍の抗体薬もその力を発揮してほぼ乗組員全員が完治の報告を出していた。
三代目「しっかし大丈夫かねぇ・・・。超高速跳躍出来ても、転換炉の調整が出来るわけじゃねぇし・・・。いつまでも“阿号”に頼ってるのもなぁ・・・」
今回茉莉香たちが行なった超高速跳躍は、弁天丸に二機ある双発の転換炉のうち、出力が比較的安定した阿号のみを使っての運用だった。これは吽号の出力が安定せずに阿号の出力だけで飛んだというのがそもそもの原因だが、実際のところ、片方を酷使する事になるので本当なら、二機の転換炉をバランス良く出力させるのがもっとも効率が良い。ただ、そこのところはとっくに寿命切れしている転換炉を知り尽くした弁天丸のエキスパートでなければ起こせない技でもあった。
三代目「ちゃんと動かせりゃあいいが・・・」
シュニッツァー「心配ならまた船内のカメラを起動させるか?クリハラの娘に壊されてもまだ他がある。」
前回弁天丸内をのぞき見ていた事はカメラの存在が発覚してチアキとセレニティ姉妹にはバレてしまっていた。だが、チアキたちは茉莉香の船長の沽券としてそれは黙秘しておくつもりらしい。
ミーサ「あの子たちの自主性に任せましょう。」
船長として、何も言ってこないのは何か考えがあるから。今の自分たちに出来る事は無い。茉莉香の意図を読んでか読まずか、とりあえずこのまま見守る事にしたミーサがぽつんと言った。
そして、最近調子が出てきたルカはスプーンに映るさかさまの自分の姿を見つめていた。
ルカ「何も見えない・・・。」
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チアキが早めに言ってくれたおかげで部屋割りは滞りなく間に合った。普段なら弁天丸にある来賓用(海賊船なので来賓は無いが、クライアント用として活用している)の部屋は一国のお姫様であるグリューエルとグリュンヒルデに割り振りたいところだが、幸いにして彼女たちは今回一般部員としての参加なのでとりあえず一部屋に4人程度で割り振る事で上手いこと収まった。まだ入部したての一年生もいるが基本的にほとんどは中等部からの繰り上がりで来ている顔馴染みばかりなので余り問題はなかった。リンやヤヨイ、アイらはブリッジ要員なので同じ部屋で当直制にする事になった。一先ずこれで普通に海賊船としては24時間体制で航海できるようになったのである。
当直になっているリン部長におやすみを言って茉莉香は、弁天丸の船長室に戻った。
茉莉香「あ゛ぁ゛〜〜〜〜・・・。なんか疲れた・・・。」
チアキ「早く寝ないと明日に響くわよ」
船長室は茉莉香とチアキの部屋割りになっている。ぐったりと顔を突っ伏して制服のまま仰向けにベッドに倒れ込む茉莉香にチアキが忠告した。
茉莉香「む〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・。」
普段のほほんと動き回って楽天家に見える茉莉香だが、その実しっかりと色々考えているのもチアキは知っている。海賊としての厳しめに見てきた面もあるが、なんだかんだで彼女なりに頑張っているのはチアキも良くわかっていた。なので、そのまま返事が返ってこない茉莉香の背中を見つめて、チアキも明日に備えたのだった。
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「そんなに早く!?どうして・・・・。うん・・・・。そうか、わかった。また追って連絡する・・・。あぁ・・・・必ずなんとかするよ・・・。」
深夜の当直、自分の番の時間に目覚めたグリュンヒルデは、ブリッジで交代するハズのリン部長の声を聞いた。しかし、もちろんブリッジにいるのは部長一人。となるとどこかと通信していたようだが・・・・。
グリュンヒルデ「部長、そろそろ交代時間です。」
リン「あぁ、わかった。よろしく頼む。」
何事もなかったようにそのままリンは部屋に戻っていった。
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茉莉香は海賊である前に学生である。そのため、弁天丸に乗り込んでいる際には“8時間以上のアルバイト禁止”の白鳳女学院の校則に従っての船長仕事であった。そのためにいつ、何が起こるかわからない海賊の日常の中でも茉莉香の仕事はきちんとしたローテーションの上で動いていた。
だが、今は頼れる弁天丸乗組員がいない状況。自分が一番しっかりしなければならないという時。そんな決意を決めたのは昨日だったか今日だったか、ぼんやり目を覚まして懐中時計を開き表示されたディスプレイを二度見し、茉莉香はまたやっちゃたと大急ぎで飛び起きた。
「あ、茉莉香先輩おはよーございます!」
「おはよー」
「おはよ〜ございま〜す!」
既に昨日割り振ったブリッジの人数は全員揃っていた。船長が一番最後に出てくるのはさすがに示しがつかないと思い、茉莉香はとりあえずチアキに当たる。
茉莉香「ご、ごめ〜ん!起こしてくれればいいのに〜〜!!」
チアキ「良く寝てたから。それにグリューエルも起こしに行ったのよ?」
茉莉香「えぇ!?」
茉莉香は副長席でモニターしていたグリューエルを見た。すっきり爽やかとした自分とは対照的な表情だ。相変わらず一ミリもぶれない笑顔に驚かされる。
グリューエル「それはもう、叩いたり、つねったり、色々しましたよ〜」
茉莉香「あうぅ・・・面目ない・・・。」
どこまでが本当か定かではないが全く覚えてないのでとりあえず謝る。
リン「気を張って疲れが溜まってたんだろ?」
チアキ「ほら、早く着替えてらしゃい。」
結局昨日制服姿のまま寝た茉莉香。そのまま飛び起きてブリッジに来たので、他の部員とは格好は変わらない、なのでこの場合の着替えるとは、私掠船免状を交付された海賊の服務規程に則った、船長伝統の海賊服の事であった。
最初はみんなの前で着るのを躊躇った茉莉香であったが、ルールに厳しいチアキに、規定で定められているだの、みんなに示しがつかないだの、海賊としての自覚だのどやされ、半分無理やりに説得されていたのであった。
着替えて出てきた茉莉香は、周囲の目が自分に集中するのを感じて、なんとなく乗り気で名乗ってみた。
茉莉香「弁天丸船長、キャプテン・マリカです。」
「よ!待ってました〜!」
「かっこい〜!」
グリューエル「やっぱり茉莉香さんはその姿がお似合いです。」
「茉莉香って本当に海賊だったのね〜・・・」
「様になってるもんね〜」
「素敵ですぅ」
改まって自分の立ち位置を実感しつつも、まんざらでも無いように照れながら茉莉香はみんなを宥める。
茉莉香「あの〜もう拍手とかいいから・・・・。おほん、えっと、では海賊の仕事について説明します。」
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茉莉香「豪華客船プリンセス・アプリコット号。今回私たちが海賊する宇宙船(ふね)です。とはいえ、もう何度もお仕事させて貰ってるお得意様で、信頼も情報も得ています。」
茉莉香は自分が最初にこの船に来て海賊をやった時の事を思い出していた。みんなの様子を伺いながら話を続ける。
茉莉香「言ってみれば、客船相手のアトラクションだと思って下さい。やる事も決まっているので、それほどの危険もないし、偶発事故の心配もありません。」
船長席の下で聞いていた何人かが安堵の息を漏らした。海賊という存在自体が現代では伝説に近いので、何をしている仕事なのかは知らない人の方が圧倒的に多い。
チアキ「そんな簡単にはいかないわよ。」
だけどその様子を見てチアキが水を差す。茉莉香より海賊稼業をこなしている彼女だからこそ知っている事も多い。
茉莉香「チアキちゃんの言う通り、宇宙船(ふね)を動かせばいいって訳じゃなくて、色々と手順がいるの。」
「手順?」
茉莉香はわかりやすく説明するために、あらかじめ作っておいたスライドをメインモニターに表示させた。
茉莉香「うん。まずは超高速跳躍でプリンセス・アプリコット号の航路に跳び、待ち伏せします。」
ヤヨイ「船長、その事なんですが・・・」
船長席から見て右下に位置する機関席に立っていたヤヨイが手をあげた。機関席は三代目が担当する弁天丸の航行と超高速機関を実際にコントロールする席である。
ヤヨイ「前回、超高速跳躍をしてみて思ったんです。転換炉を阿号だけに頼るのも、ちょっと危険かなぁ・・・と。」
チアキ「確かに。2つ積んでる意味無いわね。」
ヤヨイはそのまま電紙ディスプレイを開いて説明を続ける。ディスプレイには現在の阿吽号の出力状況と、三代目が超特急で(泣きながら)書いたマニュアルが表示されていた。
ヤヨイ「で、色々考えたんですけど。阿吽号を両方バランス取って動かせないかなって・・・。阿号の方を出力ちょっと高めにして、吽号を微調整して安定させれば、スムーズに行くんじゃないかと・・・。ってやっぱりダメですか・・・?」
言ってみてヤヨイは自信が持てなくなったのか、諦め顔で茉莉香に言う。が、茉莉香自身は目からウロコとばかりにヤヨイを見つめていた。
茉莉香「ううん!!良くそんな手思いついたわね!」
ヤヨイ「あ、うち実家のクルーザーも双発で、時々片方の調子が悪くなると調整して跳んだりしてるんですよ。」
茉莉香は時々三代目が機関席でそんな事をボヤいていたのを思い出した。
茉莉香「任せる。エンジンの事は全部ヤヨイちゃんにお願いするわ。」
ヤヨイ「は、はい!」
時間が経つに連れ、ヨット部のみんながその能力を発揮していく様を見て、茉莉香は改めてヨット部のみんなを連れてきて良かったと思った。
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話を戻す。
茉莉香「客船を確認したら、接近しながら電子戦を仕掛けます。相手のコントロールを乗っ取り、海賊の名乗りをあげるんです・・・。・・・・・・部長?」
電子戦は今回、クーリエ担当の電子戦席に座っているリン部長の仕事だ。弁天丸に着た当初からずっと調整をしていたリンの姿を思い出しながら、茉莉香は左下の電子戦席を見た。
リン「あ・・・あぁ、あたしの出番だな」
茉莉香「・・・。やりすぎないでくださいよ。」
リン「うん。わーかってるって。」
茉莉香は一瞬部長の反応が無いのが気になった。こちらに振り返らずに電子戦席で手を振る姿は、話半分といった感じである。自分と同じでずっと調整を続けていたから疲れているのだろうとその時は茉莉香は思った。
茉莉香「ここからがまた大変ですが、タッチダウンした後は客船ギリギリまで近づかなくてはなりません。お客さんを飽きさせないように窓から見える範囲で、強制的にドッキングします。」
真希「飽きさせないようにって?」
アイ「なん分ぐらいですか?」
茉莉香「2〜3分・・・・かな。」
「え〜・・・入港だってゆっくり時間かけるのに〜・・・。」
茉莉香「お客さんを待たせるわけにはいかないのよ。」
通常の航行では、船と船であったり、船と港であったり、対象建造物に着艦させるのには細心の注意を払う。人間が活動できる環境は宇宙には無いので、気密はなにより重要である。船と船とを結ぶ事はお互いの気密システムを合わせる事でもある。それは船の操作であったりシステムのコントロールであったりと様々な要因がある。
もしどれか一つでも損じれば、たちまち人間の生存環境を失ってしまい、大惨事になる。その点、そういった着艦作業はいくら時間をかけても確実におこなわなければならない。しかし、海賊船弁天丸はその筋でいえばどの動作も手早くて、業界内では有名であり、多くの船乗りはその着艦動作に見取れる程だという。
チアキ「接近に手間取るのはもちろん、ドッキングに失敗して、船に傷つけたら損害賠償ものよ。」
アイ「そ、そんな・・・!?」
チアキの言葉に新入部員のアイが怯える。中等部の時一人乗り用のヨットの大会で優勝経験もある彼女は、今回弁天丸の舵を取る操舵手の役を追っている。まだ入部したてで慣れない中、いきなり触った事も、それどころか見た事も聞いた事もない海賊船の運転をするハメになり、ここに来てからはこちらが申し訳ないくらい緊張していた彼女だった。
茉莉香「ほらほらチアキちゃん、脅かさないの・・・。で、相手の船に乗り込んだ後は、海賊らしくお仕事をして、弁天丸に戻れば終わりです。」
チアキの言葉で凍りついたみんなを宥める茉莉香。だけど、その表情は先ほどとは打って変わって冴えない。
アイ「そんな大役・・・できるんでしょうか・・・。」
グリューエル「でも、アイさんは中等部の大会で優勝したんですよね?」
アイ「ヨットではそうでしたけど、初めての宇宙船で・・・そんなにきめ細かく運転できるかどうか・・・」
「わたしたち・・・素人だし・・・ね。」
真希「うん・・・。」
チアキ「あなたたち、今更そんな弱気で」
茉莉香「やって貰います」
今までは特殊な宇宙船の練習航海。という感覚でやってきたため、ここに来てほとんどの人間が後ろ向きに物事を考え出した。そんな空気を断ち切るように、茉莉香は鋭い視線で正面を見据えながら全員に聞こえるように言う。
茉莉香「厳しい言い方してごめん。でも、もうやめるわけにはいかないの。わたしの我侭で皆を巻き込んじゃった事は良く解ってるけど、失敗はさせないから。だから・・・信じて着いて来て欲しい。」
自分が船長として未熟である事は茉莉香だって解っている。自分の力量だって、弁天丸の乗組員と比べたら一目瞭然。それでも、自分は皆を引っ張っていく海賊船の船長である。乗組員全員の命を背負い、その責任と、そして責務を全うしなければならない。
リン「あたしは着いてく。みんなは?」
向き直ってリンが声を張って皆に問う。
グリュンヒルデ「勿論です。」
アイ「変な事言ってすみませんでした。」
「ごめんね茉莉香。」
グリューエル「わたくしも協力します。船長」
茉莉香「・・・今更だけど、ありがとう。みんな。」
一時はどうなるかと思った海賊免許。今の乗組員のため、素直に協力してくれる仲間がいる。自分ができる事、みんなにできる事、その全てを胸に、海賊船船長は深呼吸をして息を整えた。
茉莉香「さぁ!海賊の時間だ!!」
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『操舵室よりお知らせします。プリンセス・アプリコット号の現在位置は、銀河回廊西の40.68B5ストーン。まもなく、七色恒星発色星団に最接近します。』
色とりどりのドレス。数々の豪華なディナー。金銀に彩られた船内では、中世時代の凝った装飾の作りで賑わうディナー会場に乗客は集っていた。
『現在、銀河標準時間で二十一時、これからメインホールは夜間営業時間となります。乗客の皆様は引き続き、プリンセス・アプリコット号による星の旅をお楽しみください。』
色とりどりの会場を照らしていた照明が消え、天井の一面がそのままスライドする。その中、というより外に映るのは七色発色したプリンセス・アプリコット号の旅の名物になっている星団の景色であった。
人々は優雅に、時間がゆっくり流れるこのひと時を堪能していた。
が。
先ほどまでゆったりとした調子で、航行状況を伝えていた場内アナウンスのスピーカーから、砂嵐を思わせるノイズが会場に響いた。
『違う!そっちじゃない!!』
『え、何!?もう繋がってるの!?』
ノイズに混じって聞こえる声は女性だった。それもかなり高い、それこそ年端もいかぬ女子高生のような・・・・。
『え、え〜〜〜あーああぁ〜〜・・・・。ん、・・んうん!!あー、失礼しました。こちらは海賊弁天丸船長キャプテン・マリカです!』
慣れた人にはお決まりの。そうでない人には聞きなれない、辿たどしい調子で、不思議なアナウンスが場内に流れる。
会場のなかには、早くも「待ってましたー!」とか「やっと来たかー!」と言った歓声も混じっていた。
『弁天丸はプリンセス・アプリコット号への電子攻撃を完了致しました・・・。』
『ちっがーーーーーう!!!!』
『へ?完了してないんですか?あぁ・・・えっとま・も・な・く支配されちゃいまーす!』
スピーカーの中から聞こえる海賊二人のやり取りを聞いて場内は笑いで溢れた。
客船船長「いつもより手際が悪いな。」
乗務員「トランスポンダーも、キャプテン・マリカの声紋も一致しています。」
一方で、度々弁天丸に襲撃され慣れているプリンセス・アプリコット号の乗組員たちはいつもよりやや大雑把に行われている奇襲攻撃に呆気にとられていた。
『色々手違いだらけでごめんなさい。船長さんは大急ぎで海賊への貢物を用意して下さい。もう弁天丸は、プリンセス・アプリコット号にドッキングしちゃいますから!!抵抗しても無駄で〜す!あ!!』
いつもの手際よりはだいぶ乱雑に、弁天丸から発射されたドッキングポートがプリンセス・アプリコット号のポートゲートに接合された。普段なら衝撃も無くスムーズなドッキングだが、今回はお互いの船に衝突の衝撃を残しつつの強引なドッキングだった。
乗務員「うわぁ・・・乱暴だなぁ・・・」
乗務員「綿密な戦術組立と正確な操縦が弁天丸の売りなのになぁ・・・。」
客船船長「いつもの乗務員が病気で寝ていて、今日は全員見習いとか?」
乗務員「まさかぁ〜」
はははと楽しげに談笑するアプリコット号のブリッジ。しかし、自分が言った言葉のどれほどが真実だったのかこの船長には知る由も無かった。
ドッキングと同時に船内には非常警報が鳴り響く。海賊船から乗組員が乗り移ってきたためである。
ここまで来てようやく、襲われている客船側も適度に相手に合わせた演出を行う。茉莉香の犯行声明と同じ要領で、船長は艦内放送を流した。
『乗客の皆さん。プリンセス・アプリコット号船長のロナルド・ハーレイです。まもなく本船に弁天丸、海賊たちが乗り込んでくると思いますが、臆する事はありません。我々は、拍手を持って迎えてやろうではありませんか』
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会場では待ちきれないとばかりに騒めく乗客。照明が落ちて真っ暗になった会場で、普段は使われない来賓用のハッチがゆっくりと開いた。隙間から逆光で零れる光を受けて人々の歓声はより大きくなる。
外側と内側の気密が若干違うため、ハッチを開いた瞬間外側の低い気圧から一気に高い気圧に代わり、空気中の水分は一瞬で霧散して霧になって放射される。大昔の歌手がドライアイスを使ってこういった演出をしているとどこかで聞いた事がある。
白煙の中から現れた女海賊に人々の視線は集中し、会場の盛り上がりはピークに達する。
茉莉香『海賊船弁天丸の船長、キャプテン・マリカです!プリンセス・アプリコット号に海賊しに来ましたぁ〜!無礼はお許し下さい』
台本通りに先頭切って名乗りをあげた茉莉香はそのまま後ろに控える皆に手を上げて合図をした。あらかじめ打ち合わせていた通りに「おおー!!」という掛け声を上げて、茉莉香の後ろから飛び出すヨット部員たち。
しかし、その立ち振る舞いを見た瞬間、会場の歓声が一瞬で止み、ざわめきが起こった。それもそのハズである。
海賊の格好をして出てきたのは、船長であるキャプテン・マリカだけだった。他の乗組員と思われる人物は、全員17、8歳ぐらいの女の子でバニーガール、西部のガンマンからチアガール、魔女っ子にレースクイーンに妖精に女騎士、天使にナースにミニスカポリスにシスター。あげくはただの怪獣の被り物を着た姿をしていた。
数名恥じらいつつも、そのほとんどがノリノリで登場した謎の一団を見て、今回が初めてではない弁天丸を知っている乗客は海賊を間違えたかと思うのも無理はなかった。
「女の子?」「弁天丸ってもっと硬派な海賊じゃなかったっけ?」「コスプレ?」「路線変えたのか?」
茉莉香『あっはっは・・・・・・・。』
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チアキ「もう!お客に疑われてるじゃない。」
グリューエル「わたくしたちも助けに行きましょうか?」
グリュンヒルデ「お姉様、さすがに立場上、茉莉香様にご迷惑がかかりますよ」
弁天丸のブリッジでは、航行系を見る関係上残った(というかもう二度と海賊として表舞台には出る気はない)チアキと(茉莉香に全力で営業の参加を断られた)グリューエルが、モニター越しに会場内を見守っていた。
チアキ「どうするのかしら・・・この空気。」
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チアキの心配も知らずに、戸惑う観客に見せつけるようにリンはレーザーガンを天井目掛けて中空に放った。思わず会場から悲鳴に近い声が上がる。
茉莉香『今のは勿論威嚇です。何度も言いますが、我々は海賊です。そこのところ、お忘れなく〜。』
笑顔で微笑み、ようやく調子を取り戻しながら茉莉香は、ゆっくり階段を降りながら役になりきっていつもの調子で海賊口上を口にする。
茉莉香『我々の指示に従って貰う限り、皆様の安全は保証します。大人しく云う事を聞いてくださいね〜。』
茉莉香に続いて、コスプレヨット部も後に続いて会場へ降りる。海賊として乗り込んでの営業に関しては、さすがに武器を持たせる訳にはいかないので、リンにだけレーザーガン(パフォーマンス用出力に設定)を持たせて後は各自、打ち合わせとはぜんぜん違うアドリブ満載の海賊模様で茉莉香に続いた。さながらパレードのコンパニオン気分である。
ノリノリで荒っぽく怒鳴るリンはまだいいが、逆に怯えているアイやいきなりオペラでも始めるかのように高らかに歌うリリィや真希など明らかに文化祭の出し物と勘違いしている人間もいる。
会場内は暗いが、茉莉香は自分にスポットライトが当たっているのも忘れて苦笑い気味に会場を闊歩していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・。」
チアキ「・・・。ノリノリね。」
グリュンヒルデ「えぇ・・・。」
グリューエル「あ〜わたくしもやりたかったですぅ!」
チアキ「は〜・・・それにしてもどうしたのよあの衣装?」
グリューエル「マミさんに託されたんですよ。」
チアキ「マミに?」
モニターの向こう側に熱い視線を送っていたグリューエルがチアキの疑問に答えた。
グリューエル「ランプ館に差し入れ用のスイーツを買いに行った時、みんなが海賊するのに、制服じゃ不味いからって。」
グリューエルがランプ館に来るのを待っていたかのように、茉莉香専属のスタイリストを自称するマミが、目の下に大きな隈を作って箱いっぱいの衣装を持ってきた光景をグリューエルは思い返した。
チアキ「らしいっちゃあらしいわね・・・・。コスプレにしちゃう辺りが・・・。」
グリュンヒルデ「皆様・・・癖にならないといいですけど・・・・。」
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チアキの心配とグリュンヒルデの不安を他所に、コスプレ見習い海賊は乗客に大ウケだった。ただでさえ見慣れない海賊の登場に加えて、ノリの良い妙にリアルな女子高生の演出がウケたらしい。
整列して金品を差し出す乗客に色々べた褒めされながら、海賊船弁天丸は無事にその海賊行為を終えたのである。
こっそり足りない食料も拝借しつつ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
茉莉香「それでは、無事海賊行為の成功を祝して、かんぱーーい!!」
「「「「「「「「「かんぱいーーーーー!!」」」」」」」」」
その夜は盛大に宴が催された。会場内から拝借した食材や料理を揃え、今までにないくらい腕によりをかけた夕食になった。
みんな乗り込んだ時の格好のままなので、色々な格好をしたさながら仮装パーティと化した食堂で、弁天丸のその日は大いに盛り上がった。
茉莉香「いずれにしても、初めてなのに皆本当に良くやってくれたと思うよ。ありがとう・・・。」
「どういたしまして。」
「またいつでもやりますからね〜」
グリューエル「本当、楽しそうでした〜。あの、今度バルバルーサでやらせてもらえませんか?」
中継ステーションで見た青い船体を思い返しながら、胸の高鳴りが止まないグリューエルは、チアキにそう進言していた。
チアキ「無理よ、いい加減立場を考えなさい。」
グリューエル「むーーー・・・・・。」
ぶすっと皇女である事を忘れたかのうように膨れるグリューエル。
船長として料理の席に促されながら茉莉香は、一人部屋の隅からふらっと消えたリンを気にかけていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
茉莉香「あ゛ぁ゛〜〜疲れた・・・・。」
仕事をなんとかこなした達成感と同時に弁天丸に着た初日と同じ疲労感にどっと襲われて、茉莉香は船長服のままベッドに倒れ込んだ。
チアキ「待って。そのまま寝られたら困るの!ほら、ちゃんと寝巻きに着替えて、歯磨いて、寝る!いい?」
茉莉香「はーい。・・・・なんかチアキちゃん、お母さんみたい。」
チアキ「悪かったわね、うるさくて・・・・」
茉莉香「ううん、逆。梨理香さんはそういう事、あまり言わないから・・・。ありがと。」
そう言ってチアキが差し出したパジャマを受け取る。
茉莉香「そういえばさぁ・・・リン部長ちょっと変じゃなかった?」
チアキ「え?」
茉莉香「なんかちょっと・・・気もそぞろって云うか・・・。」
チアキ「そう?疲れてたのかしら?」
茉莉香「ん〜、どうしたんだろ?」
船長としてここにいる茉莉香は、普段より人一倍人の動きを見ている。リンの様子がおかしいのは弁天丸に来てからと云うのは薄々感じていたのだ。
そんな疑問に確証を付けるかのように、部屋のドアがノックされた。
グリューエル「お休みのところすみません。ちょっとお話が。」
同じく声のトーンを下げたグリューエルの声が扉の向こうから聞こえた。
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グリューエル「リン部長の事なんですが・・・グリュンヒルデが、誰かと通信するリン部長を見たと。」
グリュンヒルデ「何やら、込み入ったお話をしていたようでした。」
チアキ「外部と連絡?どのような話をしていたの?」
若干色々な不安要素を頭に揃えながら、茉莉香はグリューエルの話を聞いた。
グリュンヒルデ「さぁ・・・内容までは・・・。少し気になったので、リン部長の様子を見ていたら、その後・・・何度か・・・。」
グリューエル「どなたと話していたのでしょう・・・・」
グリュンヒルデ「わたくしがその場で尋ねれば良かったのですが、なんとなく聞ける雰囲気では無かったので・・・。」
申し訳なさそうにグリュンヒルデは言う。嫌な沈黙が流れる中、チアキはさらに踏み込んで話を進めた。
チアキ「あまり言いたくないけど、もしかしてスパイ行為してるとか。」
「え」
チアキ「こう言っちゃあなんだけど、以前ヨット部に入ったのだって、同じような理由だったし。ありえない話じゃないわよ」
「・・・・・・。」
チアキ「それに部長って中学の時にクラッキングで保護観察になってるんでしょ?腕を見込まれ誰かに雇われて、この弁天丸に乗り込んでいる可能性もあるわ・・・。」
グリュンヒルデ「・・・部長も海賊という事ですか?」
グリューエル「もしくはもっと他の組織・・・。」
「いやぁ、さすがにそれは無いと思うなぁ」
不穏な空気を断ち切るかのように茉莉香は声を張って言った。こういう時はややこしく詮索しても仕方がない。ここはとっておきの梨理香さん流で茉莉香は対処することにした。
茉莉香「本人に直接聞こう!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうして船長室へリンを呼び出した茉莉香。宴の後で思いつめた様子の彼女は、未だに女騎士の格好のままだった。
リン「そろそろ呼ばれると思ってたよ。」
チアキ「その自覚がある。という事ですか?」
敢えて一歩突き放した態度でチアキが問う。茉莉香とは対照的にリンに対して警戒を解いてはいない。
リン「まぁな。茉莉香なら気づくハズだと思ってたし。」
茉莉香「これでも一応船長ですから・・・。」
そう言って茉莉香は、女騎士姿のリンの対面のソファに腰掛けた。
茉莉香「では改めて聞きます。誰と連絡を取っていたんですか?」
「・・・・・。」
しばしの沈黙が流れる。目を閉じたまま、何か大事な事を自分の中で決める時、リンがこういう顔をするのを茉莉香は知っていた。
リン「実は、海賊船弁天丸に依頼がある。」
リンの口から出た言葉は、茉莉香たちの予想していた答えではなかった。それどころか、この一言が後に弁天丸の命運を懸ける大事件に繋がる。
茉莉香「依頼?」
リン「白鳳女学院ヨット部先代部長、ジェニー・ドリトルを誘拐したい」
「ええぇ!!?誘拐!?」
呆気に取られるチアキ。驚愕するグリューエルとグリュンヒルデ。
果たしてリンの依頼の意味とは、そして、茉莉香たち白鳳海賊団の進路は・・・。
渦巻く陰謀、企業艦隊の砲撃、そして純白の花嫁。
次回「意外なる依頼人」
海賊の道は常にまっすぐ。それでいて・・・高らかに・・・・・。
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