モーレツ宇宙海賊第二十三話「目指せ!海賊の巣」
誰のものでもなく、誰の力でもない。己のために力を使い、宇宙を渡り歩く。それが私掠船免状を頂く宇宙海賊である。しかし、そんな彼らに絶対の危機が訪れていた。
海賊狩り
その正体は謎の新造戦艦だった。圧倒無比な火力に次々と沈められていく海賊船。そして、今。
時は来た。
正体不明の海賊狩りの噂を聞きつけた茉莉香は、免許の更新と共に海賊船ビッグキャッチの護衛をして、海賊狩りの宇宙船に備えていた。そして、突如弁天丸の前に現れた巨大な戦艦は、現れると同時に弁天丸の護衛対象だったビッグキャッチを攻撃。弾幕に包まれる中逃げるビッグキャッチを巨大戦艦は重力制御による変速航行で追い詰めた。沈むビッグキャッチ、そして新たに現れたもう1つの戦艦。次々と起こるトラブルに、船長である茉莉香はどう対処するのか。
ニコまっくすばりゅーさんより「無限の愛」
激烈、炸裂、強烈、破裂、爆裂、モーレツ宇宙海賊第二十三「目指せ!海賊の巣」
大洋を優雅に泳ぐマンタのようなフォルムにキャタピラを付けたような戦艦だった。超高速跳躍で弁天丸の前に現れた戦艦から、勝手にデータが強制入力される。メインモニターには、その戦艦の最上部になびく旗の下(空気の無い宇宙で旗はなびかないが)で仁王立ちしてい仮面の男を映し出していた。
沈黙したビッグキャッチの反応を確認した巨大戦艦は、エネルギー反応を低下させていた。
茉莉香「何……あれ?」
クーリエ「えっとぉ……」
ブリッジクルーが呆気に取られてメインモニターを眺める中、クーリエは開いたアンテナから戦艦のレーダー波を読み取って報告した。
クーリエ「トランポンダー確認。船籍銀河帝国。大宇宙を翔ける大いなる宇宙船パラベラム号――。」
百眼「は―――?なんだそれ?」
クーリエ「最新のデータに載ってるのよお。要するに銀河帝国の海賊って事。」
スティック状のキャンディを口に加えたままクーリエが付け足した。
シュニッツァー「我々の括りとは異なる海賊……そういう事だな」
茉莉香「銀河帝国…海賊……?」
副長席でミーサがモニターの海賊船に複雑そうな表情を見せている。
三代目「ていうか、何でわざわざ生身で宇宙空間(そと)にいるんだ?」
仁王立ちした男の姿はパラベラム号の船体にそのまま乗っているように見える。もちろん宇宙空間を生身で活動できる人間はいないので、できるとすれば中継ステーションなどで使われるエアシールドを展開しているか、シュニッツァーのような機械人に限られる。
百眼「ありゃ立体映像だ。」
三代目「はぁ…」
百眼「旗も立体映像でなびいている。いちいち効果音まで強制入力…大した細工だぜ」
戦艦から勝手に送られてくる画像音響データは、フィルターをかけていない今の弁天丸は無抵抗にそれを受信していた。とはいっても戦艦の正確な座標は取れているし、書き換えられているのは画像データのみなので、今のところ問題はない。今ブリッジには、男の息遣いから、後ろでなびく旗の風を切る音まで強制的に音声データが出力されている状態である。
三代目「何のために?」
シュニッツァー「見栄えだな」
ケイン「ふっ。」
ルカ「ん?」
どこか余裕のある笑みを浮かべるケインにルカが首を傾げる。ここの所どうも様子がおかしい。
程なくして戦艦のエネルギー反応が上昇。立体映像で映し出された男が戦艦と同じぐらいに百倍近く大きくなる。映像の男が右手を振り上げると同時に、パラベラム号の砲門が一斉に開き、物理ミサイルからビーム砲から全ての照準を巨大戦艦に向けた。
『てええええええええええええ!!!!!!!!』
茉莉香「うわ――――!」
「撃て」の合図で戦艦から飛び出した大量のエネルギーは、そのまま巨大戦艦に向かって飛んだ。さらに、発射の際に発生するビームやミサイルの発射音を臨場感溢れる轟音のまま近くを飛ぶ弁天丸に音声データとして強制入力しているサービス付きである。おかげでスピーカはブツブツに切れたノイズ混じりの爆音を、狭い弁天丸のブリッジに放り出す事となり、その場にいた全員は反射的に両手で耳を覆った。
三代目「効果音にしては迫力あり過ぎだろ!!」
クーリエ「重低音効いてるわあああ」
百眼「あいつ、助けてくれるのか?」
戦艦から放たれた三門の極太ビームと物理ミサイル数十発は敵の反射シールド眼前で爆発した。僅かに船体がその衝撃で揺れているのがわかる。船体にダメージはなくとも、シールド制御系の一部とレーダー制御系には確実にダメージは通っているはずである。
クーリエ「敵艦に重力波反応増大!」
ミーサ「船長――――。」
茉莉香「………。」
再びエネルギー反応を増大させた巨大戦艦は、ビッグキャッチに迫った時と同じ変則的な動きで猛スピードでジグザグにその場を離脱していった。
クーリエ「敵艦急速離脱う。凄い急加速ねえ……あ、通信きましたあ。海賊船パラベラム号からです」
茉莉香「回して―。」
クリーエがパネルをひと押し。茉莉香の船長席のディスプレイに立体映像で戦艦に立っていた男が映る。
『我が名は、“鉄の髭”』
百眼「鉄の髭ぇ?おい、シュニッツァー知ってるか?」
シュニッツァー「いや。初耳だ」
百眼がシート越しにシュニッツァーに振り向く。
その間に仮面の男は名乗りを続けた。
鉄の髭『そして我が船パラベラム号。我らここより遥か離れた海を翔ける者成り。』
茉莉香「鉄の髭…さん?えっとぉ……」
茉莉香の答えを待つ前に鉄の髭は語りだした。
鉄の髭『汝らに危機迫る。今のままではこの界隈の海賊達は根絶やしにされるだろう。海賊狩り、グランドクロス号の手によって』
茉莉香「グランドクロス?あの戦艦の名前―――。」
茉莉香の横で早速キーワードを検索エンジンにかけるクーリエ。しかし、ヒット件数は0件であった。
クーリエ「そんな宇宙船どこにも記録無いわよお」
茉莉香「でも、パラベラム号の記録はある。」
クーリエ「銀河帝国所属、大宇宙を翔ける大いなる海賊船パラベラム―――」
百眼「そりゃもういいだろ!」
こっちのやり取りを無視するように仮面の男、鉄の髭は通信回線を切断。以前音響データを強制的に入力してこちらのブリッジに轟音を残しながら、超高速跳躍準備に入った。
三代目「どうでもいいけどこの音なんとかなんない?」
両耳を塞ぎながら三代目が言う。
クーリエ「パラベラム号からの強制入力〜。面白いからそのままにしてるう」
シュニッツァー「効果音」
跳躍の際の轟音を最後に残して、海賊船パラベラム号は超空間へとシフトして消失してしまった。
畳み掛けるように起こった出来事に圧倒されていた茉莉香は、今現在の状況をようやく思い出した。
茉莉香「ビッグキャッチ号の救助を急いで!!」
グランドクロス号の集中放火により沈黙したビッグキャッチ号は、船体のエネルギー系統の誘爆が酷く、圧倒的な火力が売りだった海賊船としては裏目に出る形になり、ついには船体の原型を崩すほど激しく損傷してしまう。
そのような訳で急遽弁天丸にミーサを筆頭とした緊急医療班が結成され、ビッグキャッチ号の船員の救助と手当が行われた。特にエネルギー系統の爆発に巻き込まれ、重傷判定を受ける船員も少なくない状況であった。
「いててて……!!」
ミーサ「黙れ!もっと重傷者はいるのよ!海賊だったら我慢しろ!」
男達の呻き声とタンカが走る音が船内のあちこちで響いていた。
ビッグキャッチ号の船長ストーンも傷は大きく、救手当を受けた後、弁天丸の貴賓室のベッドについて茉莉香達と一緒にいた。
ストーン「ふん、ざまぁねぇな。」
茉莉香「残念です。キャプテン・ストーン。貴方の宇宙船を護る事ができませんでした」
シュニッツァー「一旦は沈下したんですが、誘爆を抑えきれませんでした。」
ストーン「これで、海賊稼業もお終いか……。うちの乗組員(クルー)達は?」
茉莉香「ビッグキャッチ号の乗組員は、全員無事です。怪我人は…大勢ですが……、全員助けてみせるって、うちのドクターが言ってます!」
茉莉香の真摯な言葉に、ストーンは表情を緩めた。
ストーン「血塗れ船医ブラッディ・ミーサか。心強い」
茉莉香「ミーサを知ってるんですか?」
ストーン「ミーサだけじゃない。ブラスター・リリカも、キャプテン・カトーも知ってるよ……。いい奴らだった……。」
ベッドの上で感慨に耽るようにストーンは言った。
茉莉香「――――。」
ストーン「お前さんは父親同様、良い海賊だ。俺のような老いぼれには無い、光るものがある。あんたは新しい時代の海賊だ―――」
そうして船体の損傷が著しい部分を分離させたビッグキャッチは、最低限の航行システムを残し、弁天丸と共に帰路についた。
・・・・
それから
・・・・
〜鯨座宮たう星系第三惑星海明星〜
茉莉香の通う名門白鳳女学院。その日、茉莉香の教室では、日常茶飯事になりつつあるとある光景がまたも繰り広げられていた。
チアキ「チアキ・クリハラです。宜しくお願いします。」
何度も顔を合わせた馴染みのクラスに改めて挨拶をしたチアキは、満面の笑みで自分に手を振るマミ、茉莉香、サーシャを見て顔をふくらました。
・・・昼休み
茉莉香「もうチアキちゃん、こっちにずっと居ればいいじゃん。一緒に卒業しようよー」
茉莉香とは違い本来は海森星(うみのもりほし)高校の学生であるチアキは、茉莉香が海賊船船長になるのを機会に、同じ海賊見習いとして茉莉香の元へやってきたのが、転入のきっかけでもあった。それから、茉莉香に用がある度に海森星校から転入してくるのは、クラスでも恒例行事のようなものになっていた。
チアキ「そういう訳にもいかないのよ。あんたの都合で言わないでくれる?」
茉莉香「えへへ。で、用件は何?」
チアキが来た。という事は、海賊船弁天丸の船長としての自分に用がある事だと、茉莉香ももう知っている。
その言葉を汲み取るように、ため息を1つだけ吐いてこちらに向き直したチアキは、同級生のチアキ・クリハラではなく海賊船バルバルーサの乗組員チアキであった。
チアキ「今回は、船長の名代(みょうだい)で来ました」
茉莉香「みょうだい?」
チアキ「海賊船バルバルーサ船長、ケンジョー・クリハラからの言伝です。ケンジョーは海賊狩りによる被害を憂い、これに対抗すべく、私掠船免状を所持する海賊による連合の結成を考えています――――。ついては、弁天丸船長加藤茉莉香殿に協力を要請したい。」
茉莉香「やっぱりそうか……。」
茉莉香は、海賊稼業としては弁天丸と同規模の活動をしている海賊船バルバルーサの黒髭船長を思い浮かべた。あの船長なら言い出しかねないなーと、考えていたのだ。
チアキ「今までに襲われた海賊たちからも情報を集めているけれど、弁天丸は海賊狩りと交戦して、しかも無事にその戦闘データを収集している…。まずはその戦闘データを共有したい。」
茉莉香「それに関しては問題ないわ。グランドクロス号のデータもパラベラム号のデータもみんあ貸したげる。」
チアキ「グランドクラス?何それ?」
チアキは初めて聞く宇宙船の名前に目を丸くした。しかし、茉莉香が答えを言う前に、施錠してあるヨット部の扉をノックする音が聞こえた。
茉莉香「宇宙の海は?」
「みんなの海」
「どうぞー。」
自分のうちで梨理香が使っていた合言葉をもじって、ここヨット部の合言葉として使っているのはここだけの話である。スライドした扉の向こうから、ティーカップとポットを揃えた銀食器一式を抱えたグリューエルが現れた。
グリューエル「これが例のお茶でございます」
茉莉香「おぉー!王室御用達!」
チアキ「ったく、一国の王女を使いっぱしりの上お茶酌み…?国際問題になるわよ」
グリューエル「お構いなく。」
手馴れた手つきでカップに高級紅茶をそそぐグリューエル。
茉莉香「まぁ海賊じゃないけど、グリューエルにしたって聞いておいた方がいい問題だと思うし。」
チアキ「――まぁいいけど。で、海賊狩りの正体がグランドクロスっていう戦艦だというのはわかったわ。でも、パラベラム号ってなんなの、敵なの?味方なの?」
茉莉香「分かる訳ないじゃない、こっちだって突然出会った攻撃されて、両方ともいきなり現れて消えてっちゃったんだから〜」
チアキ「まぁそうよね……」
グリューエル「ひょっとしたら……」
顎に手を置いてグリューエルが何か思案するように言った。
グリューエル「弁天丸を襲った重力制御の船というのは、セレニティの星系を含めたこの辺りの星系国家よりも、さらに上位のところからやってきたのかもしれません。」
茉莉香「上位というと……?」
チアキ「銀河帝国」
茉莉香とチアキは、海賊見習い時代のミーサの講習を思い出した。海賊の成り立ちをアナログな紙芝居でわかりやすく説明してくれたあの講習は印象に強い。
銀河帝国――――。その昔、開拓惑星で資源が栄えた海明星が、人口増加に伴い星系連合との独立戦争が起こったのは今から百年前。脆弱な戦力を補うために海明星率いる植民星連合は、星系内を縦横無尽に駆け巡る荒くれ者の海賊に私掠船免状を発行。免状を持った海賊は、敵方である宗主星系に対して行われた海賊行為は植民星連合の法に触れない事となった。海賊行為が合法化宇宙海賊は、敵連合惑星の輸送船を襲い、通商網から敵にダメージを与えていった。結果、独立戦争は宗主星系の一方的な火力に対して海賊という戦力を持った植民星連合はその戦力差を縮めていった。
そんな戦争を終結させたのは、圧倒的な戦力でどちらの星系連合も黙らせた銀河帝国だった。独立を目指す植民星連合と、それを治めようとする宗主星系は、結果両者とも銀河帝国に併合する形で剣を収めた。
唯一戦争で残ったのは、当時そのままの効力を発揮し続ける私掠船免状と、その海賊のみである。
グリューエル「私達の星王家も、同様に併合されました…。」
チアキは一口ティーカップに口を付けた。
チアキ「しかし、銀河帝国は海賊を黙認し続けた。帝国艦隊は海賊に対して、計画的な追跡も掃討作戦も行なっていない。」
茉莉香「今回がその掃討作戦な訳?」
チアキ「さぁ?そもそも、そのグランドクロスが銀河帝国に所属している艦なのかわからないんだから――――」
グリューエル「わたくしの出番ですね!」
チアキがもう一口ティーカップに口を付けたところで、グリューエルが目を見開いた。
グリューエル「放課後までお待ちください。然るべき手段を用いて、グランドクロス、そしてパラベラム号の事、調べて参ります」
歴史深いセレニティ星系は銀河帝国とも付き合いは長いはずである。セレニティ王家の独自の情報網を持つグリューエルは、こういう時に頼りがいがある。
・・・・・・
・・・喫茶ランプ館
マミ「いらっしゃいませ。ご注文は?」
茉莉香は今日はシフトが入ってないものの、放課後はヨット部の活動もあるので海賊の話はできない。とりあえずチアキとグリューエルを連れて茉莉香はマミがウェイトレスで迎えるランプ館に足を運んだ。
チアキ「チョコレートパフェ」
茉莉香「同じく。」
グリューエル「同じものを〜」
マミの接客に即答したチアキに茉莉香とグリューエルが続く。
マミ「チョコレートパフェ、3つ入りまーす!」
・・・
茉莉香「そっかー。やっぱり秘密兵器っぽいんだね……」
グリューエルは、重力制御で変則航行する巨大戦艦グランドクロス号の情報を茉莉香達に話した。
グリューエル「重力制御による航行を可能にした大型戦艦の建造は、帝国にとっても急務のようです。現在極秘裏に開発中の企業が、少なくとも4社。」
一定方向に物体に重圧をかける事のできる重力制御システムは、本来人類を含めた地上生物が、惑星地表での自然に活動できるように環境を再現するためのものである。無重力空間で生活するとどうしても地上より体の調子はうまく機能せず、重力下で暮らす人に比べると健康にも悪影響なのである。
しかし、物体を一定方向に押し動かせる。という技術は、敷き詰めてしまえば、多方向に瞬時に力のベクトルを傾けられる、という事である。重力さえあれば、どんな巨大な物体もその方向へ押し動く。逆にそれが巨大であればあるほど、かかるGは大きい。これを利用してあらゆる方向にかけた重力制御で移動・航行する宇宙船は、推進剤を使わない夢のような機体になるのである。ただ、重力制御はそのシステム基盤となる物体が大きければ大きいほど、応用が効き辛いのが実情である。大型船になればなるほど、ひとつの方向に傾けるシステムだけで大規模になってしまうのである。
チアキ「辺境の海賊相手に性能テスト?まぁ、民間船や軍艦を襲うより確かに実践的よね」
茉莉香「どこのだれかを調べるのは続けるとしても、まずはどう対抗するか。で――チアキちゃん。データの共有は了解したわけだけど、その後は?」
空になったパフェの容器を見つめながら、深く目を閉じた後、チアキは目を見開いて言った。
チアキ「伝説の料理人」
茉莉香「は?」
グリューエル「料理人?」
チアキ「そう、探すのよ。伝説の料理人を……。」
・・・
・・・加藤邸リビング
茉莉香&グリューエル「「かんぱーい!!」」
オレンジ(色の)ジュースを打ち合わせる3人。ランプ館を出て、梨理香が留守の茉莉香の家に行くことになったらしい。
チアキ「で、なんで私たちが乾杯しなけりゃいけないのよ」
茉莉香「だってぇ言ったじゃんチアキちゃん。伝説の料理人だよ?ほら、かんぱーい!」
その場のノリについていけずに流されるまま、グラスを合わせるチアキ。はっと気づいて思わず顔を赤くする。
チアキ「独立戦争以来の海賊の共同戦線。これを実現させるためのキーマン。それが、伝説のりょうり――――」
茉莉香「もう一度かんぱーーーい!!」
チアキのもったいぶった言葉を、グラス同士が擦れる軽い音が遮る。
チアキ「どうでもいいけど、なんでメイド服!?」
今更ながら、チアキはいつ間にか着替えたグリューエルの恰好にツッコんだ。
グリューエル「マミさんから戴きました」
チアキ「ま・た・あ・い・つ・か」
アトリエマミを自称するマミの洋裁技術は、コスプレ宇宙海賊では随分評判になったものである。
グリューエル「古の海賊達を、有無を言わせず交渉の場に着かせたのは、伝説の料理人。その至高の料理の数々。何より、デザートの氷菓子は荒くれ者の心を甘く溶かしたという……。なんだがおとぎ話のよう…ロマンチックですわあ」
からん、からん、とグラスの氷を傾けてグリューエルが見たことも無い氷菓に思いを巡らせた。
チアキ「確かに料理の腕もよかったんでしょうね。当時、海賊達を取りまとめることができたのは、その料理人に人望があったんでしょう―――。なぜ海賊船がいまだに古めかしい装備を使っているかわかる?」
茉莉香「え?お金が無いから?」
サポーターのいない海賊稼業は常に行き当たりばったりで仕事をしているわけで、経済状況は景気と諸に関わってくるため、最近は特に儲けが少ないのが現状である。
チアキ「確かに最近は不景気だし…でもね、どんなに儲かってる海賊でも、新型の機材を買っても、通信機だけは、従来の旧型を併用しているの……。弁天丸もそうでしょ?」
茉莉香は自分の船のクーリエのコンソールを思い浮かべた。常にお菓子が散在している彼女の席の足元で、ネズミのスリッパの脇に隠れるように置かれている古いアナログの通信機を思い出した。
茉莉香「あぁ〜、そういやそうだな〜」
グリューエル「オデット二世もそうですわ」
チアキ「伝説の料理人、彼は宇宙海賊すべてが奮い立つ召集の歌を知っている。そして、その歌と言うのが―――。」
ぴんぽーん。
またもチアキの口上を遮って、加藤邸のインターホンが鳴る。
茉莉香「はーい!」
茉莉香はソファから立ち上がってインターホンのコンソールを操作し、玄関前のカメラ映像に切り替えた。モニタには差し入れを抱えたマミとグリュンヒルデが映っている。
「宇宙の海は」
「「みんなの海」」
合言葉のやり取りに、思わず自分たちで笑う二人。
チアキ「ちょ!なんで二人が来たの!?」
茉莉香「チアキちゃんの転入祝いだよ。本当はヨット部のみんなも呼ぼうと思ったんだけどね。それは、またの機会に」
チアキ「私がここに来たのわね、バルバルーサの名代として船長のあんたに――――!!」
茉莉香「はいは〜い。わかってるわかってる〜。」
チアキ「わかってない!!」
茉莉香がこういうときに緊張感が無いのはチアキも知っているところだが、今回の空気の読めなさにはさすがに頭にきたようだった。
茉莉香「最初聞いた時からね、な〜んか引っかかってたんだけどね。パフェを食べて乾杯したらひとつになった。」
チアキ「はぁ?」
茉莉香「明日、一緒に付き合って!伝説の料理人に合わせてあげる!」
チアキ「え―――――。」
何も考えていないようで、ちゃんと考えている。加藤茉莉香とは、そんな女子高生で、海賊だった。
しばし、待たされたグリュンヒルデとマミを中に通して、その日は小さな転入祝いパーティが催された。
・・・
翌日。
・・・中継ステーション、職員専用食堂街。
茉莉香がこの海明星で生まれてからずっと、母である加藤梨理香は新奥浜市管制局で管制官の仕事をしていた。鬼の管制官と影で呼ばれる最近まで仕事をしていた梨理香と共に、茉莉香は良くこの管制空港の食堂街に一緒に食事に来ていた。最近では、グリューエルの黄金の幽霊船の捜索で海賊会議をしたっきりである。
香ばしい鰹節の香りが漂う食堂街の一番奥。知らない人は気づかずにUターンしてしまうであろうその通路の奥を進んだ先、左腕を機械化したゴツイ料理人がそこにいた。名を銀九龍(イン・クーロン)。梨理香曰く、空港の元締め、親父さんである。
茉莉香「こんにちは、親父さん。」
銀「今日は予約は入っていないハズだが…?」
重低音を響かせた貫禄のあるその語りだけで、彼の大物ぶりは一目で伝わってくる。
茉莉香「海賊会議」
銀「……。」
茉莉香「海賊会議、やりたいんです」
チアキ「え、こ、この人が伝説の料理人!?」
茉莉香と銀を交互に見て、チアキが驚く。
銀「何の話だ?」
茉莉香「思い出したんです私、何かというと梨理香さん、私をここに連れてきてくれました。泳げるようになった時、自転車に乗れるようになった時、小さい頃何かができるようになったら、必ず“アレ”を食べさせてくさたなぁ〜って……」
幼い記憶の中で茉莉香は確かに、あの、氷を細かく砕いて果汁シロップをかけた、ひんやりと冷たくも甘く輝く氷菓子を良く、梨理香に連れられて食べていた。
茉莉香「もうご褒美はいらない。ご褒美ではなく、きちんと海賊会議の出席者として、デザートを食べたい!」
銀「……。」
茉莉香「梨理香さんもきっと、親父さんを頼りにしていた…。梨理香さんは凄い人です。とっても大きい、そんな梨理香さんが頼りにしてるんです!親父さんもきっと凄い人です!」
銀「……買い被るな。」
茉莉香「親父さんの料理は宇宙一です!海賊だって言う事聞いちゃいます。」
銀「…どうしてそう云える?」
茉莉香「私、海賊です。」
にこ。っと首を僅かに横に折って微笑むキャプテン・マリカ。
茉莉香「弁天丸の名に賭けて……。」
海賊。それは遠い昔から宇宙を翔ける荒くれ者。
時代は。時は。来た。
彼女の目はどこまでもまっすぐで、どこまでも正しい。
ふと、鉄面皮の親父さんの表情が初めて崩れた。
銀「っはっはっは!面白いな、お前さんは。」
茉莉香「えへへ、どうも。」
銀「そんなに“アレ”は美味かったか?」
茉莉香「はい。」
銀「そんなに大きいか、お前の母親は?」
茉莉香「はい!梨理香さんも宇宙一です!」
母親として、一人の人間として、茉莉香が梨理香を尊敬するのは、ただの親子とは違う。いつからか、人間として彼女を見てきた茉莉香は、母としての彼女より加藤梨理香としての彼女を見ていた。
銀「残念ながら外れだ。」
茉莉香「えええええええええええ!!!」
ほろり、と寂しげに言った親父さんの言葉に驚愕する茉莉香。恐らく100%の自身があったのだろう。
銀「伝説の料理人は俺の親父だ――――。ありゃあ凄かったなぁ…。名だたる海賊達は大きく、そして、輝いていたよ。」
そう言うと親父さんは、大きな中華鍋の向こうに手を伸ばし、油で汚れた壁に手をついた。すると、その周囲に枠が現れ、手の証文を認識するように反応した後、壁はその部分だけを窪ませ、中の小さな通信機をあらわにした。
まるで最初からそこにあったかのように、ホコリひとつない、だけども相当古いそれは、紛れもなくクーリエの足元に置いてあったソレであった。
親父さんは全てわかっていたかの如く、左右のダイヤルをゆっくり回して周波数とチャンネルを合わせた。
銀「海賊とは何だ?」
唐突に、背中を向けたまま親父さんが言った。
茉莉香「力です。」
茉莉香は思った通りにそれに答える。
銀「力とは何だ?武力か?暴力か?」
茉莉香「宇宙にいるための、自分が自分でいるための力です。」
銀「ほう。」
茉莉香「私はもっと広い宇宙に出てみたい、だから海賊になったんです!!」
ダイヤルを捻る毎に乱雑に出てくるノイズが徐々にリズムに乗っりだし、そして、それは男達の合唱する荒っぽい歌に変わった。
銀「機体外れか?」
振り返って親父さんが訊く。
茉莉香「あ…あぁ、そうですね。」
銀「正直でよろしい。」
そのままチャンネルをONLINEに繋ぐ。独自の周波数で発振された電波は、既に使い古されて捨てられた周波数帯であり、現在出回っている通信機器で拾う事はできない。そこで、弁天丸及び独立戦争当時、海賊艦隊として戦闘に参加した海賊なら持っている通信機の出番である。よってこの歌を聞けるのは、必然的に私掠船免状持ちの海賊だけという事になる。
・・・
クーリエ「この通信ユニット、変な歌が流れてきた〜って思ったら、いきなり作動始めたの。昔から絶対いじるな捨てるなって言われてたけどお、このためにあったのねえ〜」
たたん、とコンソールを操作するクーリエ。あれから親父さんが発振した「海賊の歌」を早速弁天丸の通信機はキャッチした。クーリエは歌の特異パルスに隠れている信号を拾ってデータ解析した結果をメインモニターに表示した。
歌に隠されていたデータは地図だった。
クーリエ「出たわよお」
百眼「小惑星帯やガス雲、星間物質に挟まれたまさに隠れ家!海賊の巣って訳だ。」
乱雑に記された航路帯になぞられた矢印は、ぐねぐねとうねりながら、髑髏の旗の下を指している。
ミーサ「この歌を聴いた海賊達は、この目的地にやって来るかもしれないし、やって来ないかもしれない。でも、行くのね?」
チアキ「少なくとも、バルバルーサは向かっているハズ。いえ、向かっています。」
茉莉香とその後、食堂街から一直線に弁天丸に乗船したチアキは海賊用の作業服に着替えていた。
茉莉香「全員が全員、来ないかもしれない。でも、今がどんな時でどうしなきゃいけない時かを考えたら、この歌を聞けばわかるハズ。行きましょう、みんな!」
「「「「「了解!!!」」」」」
船長の一声で乗組員の士気が上がる。少し前とは見違えるほど、チアキの目には茉莉香の船長姿が様に写っていた。
ケイン「弁天丸、目的地海賊の巣へ全速前進!!」
ルカ「嬉しそうね?」
ケイン「ん……そうか?」
ルカ「………?」
ルカの問いかけに、とぼけた様子ではぐらかすケイン。じっと見つめていると、ケインの前髪が寝癖がついたように跳ねた。
ケイン「おっと!」
何か隠している。前髪だけが跳ねるのだから、恐らく……。
穏やかに流れる海賊の歌はしかし、突如ブリッジの警報によって途絶えた。
クーリエ「前方にタッチダウン反応!えっとこの質量は……あいつよ!!」
前跳躍現象からタッチダウンまでは超高速跳躍してきた宇宙船は無防備にその船体を通常空間にさらけ出す。空間に復帰する際には、跳躍時に使う出力を全て放出するため、大型の宇宙船であればあるほど、その反応は大規模になる。クーリエは瞬時に観測した宇宙船の質量データから一致するデータを参照する。
百眼「メインモニターに出すぜ!」
観測結果及び光学カメラからの映像を百眼が表示させる。
チアキ「あれが――――」
茉莉香「―――――グランドクロス。」
大質量の空間の歪みの中から双頭の巨大な戦艦が、ゆっくりとその姿を現す。鋭角に伸びた二本の船首は通常空間に復帰すると同時に、弁天丸に対して垂直に下を向けた。それが、以前の戦闘で記録したこのグランドクロス号の攻撃体勢である事が、既にわかっている。
相手は海賊狩り。既にお互いの呼びかけも無く、ブリッジも戦闘準備体勢に移行する。暗く照明を落してモニターが眩く船内で、その巨大な戦艦は一際不気味に映った。
茉莉香「この喧嘩、―――――買ったわ。」
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次回、海賊狩りVS弁天丸
モーレツ宇宙海賊第24話「傷だらけの弁天」に続く。
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