モーレツ宇宙海賊第十七話「意外な依頼人」
この広大な宇宙で人と人とが出会い、同じ時間を共有する事は、果てしなく確率の低い運命とも云える偶然によって、齎されるものである。偶然は重なり合い、やがては未来への必然へと変わる。人の絆は、光をも超えるのだ。
リン「実は・・・海賊船弁天丸に依頼がある。」
茉莉香「依頼?」
リン「白鳳女学院ヨット部先代部長、ジェニー・ドリトルを誘拐したい」
さて、どうする?
輸送中の猫猿が弁天丸の船内に脱走。その際に猿達が持っていた特殊なウイルスによって弁天丸全員が強力な風邪をこじらせて隔離されてしまった。幸い茉莉香は乗り合わせていなかったので無事であったが、乗組員全員は病院船で完全隔離状態。そして、海賊免許を更新するためには、期限内に海賊行為を行う事で自動更新をする必要がある。チアキの提案で乗組員不在の弁天丸に、リン率いるヨット部を連れて乗船する茉莉香。
ケイン達は影でヨット部用に急遽マニュアルを作り、なんとか茉莉香達は弁天丸を動かす事に成功。豪華客船プリンセス・アプリコット号の海賊行為を達成する。しかし、肩の荷を下ろすのも束の間、部長リンから新たな依頼が・・・・。
激烈、炸裂、強烈、破裂、爆裂、モーレツ宇宙海賊第17話「意外な依頼人」
「ジェニー先輩を誘拐したいってどういう事ですか?」
海賊仕事も一役終えて、帰還するために弁天丸はたう星系海明星に進路を取っていた。
リン「正確に云うと、誘拐を装った送迎だ。ジェニーの了解は得ている。いや・・・むしろ依頼主は彼女だ。」
「―――――!」
リンは顔を上げて、テーブルに青い宇宙船の画像を表示させた。
リン「宇宙船(ふね)はディメンド行き中央航路の客船、アルティメット・フェアリー。ここからジェニーを連れ出して欲しい。」
グリュンヒルデ「じゃあ通信の相手も?」
リン「ジェニーだ、茉莉香に依頼できるよう段取りを相談してた。」
そんなリンの説明に、チアキが割って入る。
チアキ「同じ海賊として言わせて貰いますけど、海賊と言っても本当に犯罪を犯していいわけじゃありません。海賊行為は客船会社の契約や、保険会社の後押しがあるから出来る事なんですよ?」
現代の宇宙海賊は、独立戦争の植民星連合が、宗主星系に対抗する軍事力のひとつとして、宇宙を飛び回る海賊に、その海賊行為を正当化する「私掠船免状」を発行したのが起源となる。以後独立戦争後も海賊免許は残り続け、保険会社や客船相手のエンターテイメントとして営業をする事が多い。
リン「それは今回海賊に参加してみて良くわかったよ。ただの荒くれ者という訳ではなく、用意周到な集団という事がね・・・。だからこそ弁天丸にお願いしたい、あたし達の事を良く知っていて、しかも船長として優秀な茉莉香に」
茉莉香「持ち上げ過ぎですよ、先輩。で、ジェニー先輩を誘拐する理由はなんですか?」
リンは茉莉香をまっすぐ見て言った。
リン「彼女の家が大手運輸会社“ヒュー&ドリトル星間運輸”だっていうのは知ってるよな?」
茉莉香「はい、前に聞いた事が」
グリューエル「“ヒュー&ドリトル星間運輸”って・・・親族経営の割には経営方針が積極的で、大胆なんですよね。」
チアキ「良く知ってるわね・・・」
グリューエル「嗜み程度に」
茉莉香はグリューエルがヨット部に最初に来た時の、ジェニー元部長との会話を思い出した。普段はただの(それでも送り迎えはSP付きの高級車だが)女子高生な元部長も、グリューエルと同じ世界にいる事を。
リン「あの会社は、大手企業の重役や政治家と政略結婚をさせて、事業を拡大させて行くんだ。ジェニーも・・・政治家との結婚が決まった」
リンがなんとも言えない表情で茉莉香に語る。無意識のうちにリンの声のトーンが下がる。
リン「まぁ、普通ならおめでたい事なのかもしれながい、問題は本人が望んでいないのと、色々な思惑が絡んでいる事かな・・・。」
茉莉香「思惑?」
意味あり気な言葉に茉莉香が反応する。
リン「ジェニーは後継者候補なんだが、現専務である叔父が自分の息子を後継者にしたいらしくてね、ジェニーを政治家の嫁にして、会社に口出しできないようにするつもりだ。」
グリュンヒルデ「なるほど・・・」
グリューエル「それだけジェニーさんを脅威に感じている、という事ですね・・・。」
その手の話には一般人よりやや強いセレニティ姉妹。
リン「実際、今も小さな会社を起こしているからな。ただ、本人はすぐに経営には回らず“宇宙大学”に進学したがっている。」
茉莉香「“宇宙大学”!!?全銀河のエリートが集まる、“あの”!?」
宇宙大学といえば、宇宙銀河に数多存在する分校の頂点であり、創設当初から教育機関のトップを誇っている。入学するには超がつく程の成績がなければ資格すら得られない限られた人間しか通うことができない学校である。
リン「あぁ。夏に必死に勉強して試験に合格したそうだ。会社経営のノウハウと、人脈作りのためにな」
チアキ「さすがね。」
ここでリンは一旦言葉を切って、姿勢をきちんと正す。それはヨット部部長リンとしてではなく、ジェニーの代行依頼主リン・ランブレッタとして茉莉香に依頼するからであった。
リン「改めてお願いする。ジェニーを客船から誘拐し、宇宙大学に送り届けて欲しい。宇宙大学は治外法権だ、学生になれば艦隊だろうが軍隊だろうが簡単には手が出せなくなる・・・。頼む、茉莉香」
頭を下げて茉莉香に向かうリン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え!ジェニー先輩を誘拐!?」
「うわ〜〜楽しそ〜〜!」
「いよいよ海賊っぽくなってきた!」
「他ならぬ部長、いやジェニー先輩のためだもん。やらないわけにはいかないよねー」
「あのぉ、ジェニー先輩ってどんな方なんですか?」
「会えばわかるよ、オーラが凄い!」
「美人なんだけど、物凄く気が強いんだよねぇ・・・。」
「そうそう」
「私も良く怒られた、でも愛の鞭。」
「へぇ・・・」
一先ず打ち上げ用装飾のままの食堂で、茉莉香はみんなに依頼の事を話す。まだ打ち上げからそう時間が経っていない事もあり、気に入ったのかは知らないがまだ海賊営業の時のコスプレをしたままの者もいる。
事情を聞いた其々は、一部ジェニーの人望もあってか海賊が板に付いてきた女子高生たちは、茉莉香の予想通り乗り気の反応を見せてくれた。
チアキ「悪いけど、私は反対よ。」
しかしただ一人、チアキはいつもの鋭い声色で浮かれ気味の食堂に割り込んで反対する。
チアキ「アドリブ仕事なんて危険過ぎる。みんな素人なのよ?ちょっと宇宙船(ふね)が動かせて海賊できたからって、浮かれてるんじゃない?」
「・・・・・。」
チアキの乗る海賊船バルバルーサでは、保険会社や客船会社と打ち合わせなく行う仕事をアドリブ仕事と云う。どこから保証が効くわけでもなく、全ての責任・判断を自分達だけで行わなければいけない。勿論何が起こるか解らないので一日二日海賊船に乗っているだけの今のヨット部ではかなり難しい事は茉莉香もわかっていた。
チアキ「連れ出すのだって、色んな段取りや作戦を立てなくちゃいけない。うまく連れ出せても、相手と戦わなきゃならないかもしれない。そういうのみんな考えてる?・・・下手すると海賊免許も取り上げよ・・・。それでもやるの?」
敢えて厳しく。それが茉莉香とチアキの二人の海賊の仲の暗黙の了解でもあった。海賊の船長は乗組員の命をなにより優先しなければいけない。仕事の報酬はその後、茉莉香は船長になった時からそれをずっと心に刻んで海賊をやってきた。
茉莉香「でもさぁ・・・面白そうじゃない?」
チアキ「え」
茉莉香「ジェニー先輩に乗っかるのも、面白いかな、って。型にハマった仕事もいいけど、それだけじゃ、ね。」
茉莉香の眼光が鋭く光る。傍から見れば悪い顔(海賊の顔)、である。
チアキ「何言ってるのよ!型にハマってるからこそ、海賊って仕事が保証されてるのよ!」
バサっと海賊服のマントを翻す茉莉香。チアキの言葉を遮るように、そしてみんなの注目を自分に集めるためである。
茉莉香「ん〜・・・。保証され過ぎるのもどうかと思う。海賊なのに海賊っぽくないというか。」
チアキ「――――・・・。」
茉莉香「私はこの依頼、受けようと思います。」
海賊船船長として、茉莉香はチアキをまっすぐ見つめて言う。こうなった時の茉莉香は自分でも止められない。付き合いは決して短くないチアキは、諦めたようにため息をついた。
チアキ「はぁ・・・。わかった。」
しぶしぶ俯くチアキとは対照的に女子高生達の歓声が上がる。
茉莉香「そうと決まればディメンド行き中央航路の客船アルティメット・フェアリーの航路を調べて、作戦を立てましょう。」
「「「「「了解!!!!」」」」」
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百眼「お。載ってる載ってる〜、昨日の弁天丸の様子。」
病院船の隔離病棟内で、療養期間を過ごす弁天丸ブリッジクルー。百眼は持ち前の端末で、海賊新聞(なんじゃそりゃ)の一面を飾っていた「コスプレ海賊現る。」という記事を表示した。新聞の一面には大々的な文字と共に、弁天丸の名前で映るカラフルな衣装で並ぶヨット部員の姿がそこにあった。
百眼「昨日の弁天丸の様子。“コスプレ海賊現る。”だってさ?」
ミーサ「中々様になってるじゃない。」
ケイン「“硬派な弁天丸には珍しい演出”・・・。まっ、そうだよな。」
クーリエ「成功したのは嬉しいけど、なんか複雑な気分ね。」
チョコを絡めた棒状のクッキーを口に銜えながらクーリエが言う。
三代目「しっかし良くやったよなぁ・・・。阿号も吽号もバランス良く動かしてくれたみたいだし。機関士の腕が良いのかねぇ?」
百眼「まぁ、後は帰るだけだしなんとかなるだろ」
ルカ「“流れる銀の星”・・・・」
ただ一人離れた壁際で、不自然なくらい桃色の輝きを放つ謎の水晶を抱えながら、ルカが誰に言うでもなく呟く。
ルカ「“暗黒の渦に巻き込まれ、サウスバーティはかつてない力の前に為す術を無くす”・・・」
航法席まで占いに使いそうな謎の球状水晶端末や八角形の風水盤レーダーを設置しているルカのこういった行動にはミーサ達も慣れてはいた。ただ、結局彼女が語る言葉の意味や何が見えているのか、そもそも本当に見えているのかは誰も知らない。弁天丸ブリッジの暗黙の了解である。
シュニッツァー「それ、どういう意味だ」
意を決してシュニッツァーがルカに聞く。言葉の流れでは余り良い事には聞こえない。しかし、彼女に対して何かを問うと毎度同じに返ってくる返答も、ミーサ達は慣れていた。
ルカ「さぁ・・・?」
依然水晶は謎の輝きを灯す。
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アイ「弁天丸に飛行物体が接近!!」
茉莉香が今後の進路を決めた早々に事態は急変した。船内に鳴り響く警報を聞いて、ブリッジ組は急いで食堂を抜ける。到着した茉莉香は、操舵を取っていたアイから状況報告を受けた。
茉莉香「船種特定できる?」
チアキ「やってる!」
宇宙では未確認飛行体は、惑星天体か、宇宙天体か、衛星等の人工物や宇宙ゴミ(デブリ)の他には宇宙船しか存在しない。多くの宇宙船は銀河帝国航行法により、船籍と航路計画を示すトランスポンダーを発信している。なので、お互いの宇宙船はトランスポンダーさえ受信すれば相手の船種を容易に特定できる。
真希「航法500万キロ、トランスポンダーも消して慣性航行中の小型機です!」
魔女の格好のままレーダー/センサー席の真希が報告する。
茉莉香「無線は?」
アスタ「今は封鎖してるけど一度だけ保護を要請するシグナルを送ってるわ!」
経験上、茉莉香は弁天丸で情報解析する時の流れを思い出す。トランスポンダーと無線を切っているなら相手は索敵センサーから隠れようとしている。慣性航行で移動しているのも赤外線等のエネルギー反応を消すためだ。そして、保護を要請するシグナル・・・。
リン「ジェニーだ!」
茉莉香「え!?だって誘拐の作戦は?」
リン「わからない・・・。何か不測の事態が起きて、小型船に乗り換えて飛んできたのかもしれない。念のため弁天丸の現在位置は、今朝の時点で報告したから・・・。」
最近の宇宙船では、小型船と言えども超高速機関を積んでいる船も多い。
茉莉香「なんだか良くわからないけど、とにかくやる事は一つ!総員位置に着いて!!大至急小型船を回収!!いいわね!」
始めこそ照れくさい部分もあった茉莉香だったが、今はみんな弁天丸の一員として、そして自分も船長としてブリッジに指示を出す。
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格納庫にあった余計な資材とオデット二世から乗り込むために格納した連絡艇を端に寄せて、なんとか小型船のサイズを収容するだけのスペースを確保した。
チアキ「電子偵察機“リオセン・ジルコーネのサイレント・ウィスパー”。」
チアキがデータ映像からの自動照合解析で得た小型船のデータを見ながら言った。
チアキ「帝国艦隊も配備したばかりっていう、超新型の宇宙船よね?」
グリューエル「資金力の豊富な会社や、星系軍にも売り込まれてるんですよね、これって。私達も此の間買いましたよ?」
すっかり海賊としても副長席が板に付いてきたグリューエルが誰に言うでもなく言った。
リン「超高速ブースターがついた小型機に乗ってくるとは言っていたが・・・」
茉莉香「もし追ってが来た時に確実に逃げられるものを選んだんでしょうね。さすがジェニー先輩。」
四機の専用牽引ウィンチを、サイレント・ウィスパーのそれぞれ隠されていたフックポイントに引っ掛けて固定し、船体バランスを崩さないようにゆっくり弁天丸は小型船を格納した。
『小型船、収納しました。』
茉莉香「了解。ふぅ・・・。」
チアキ『船長・・・ちょっと。』
船長席の端末から、茉莉香にしか聞こえないようなトーンで格納作業を終えたチアキがぼそりと通信を入れた。
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チアキ「ねぇ、完全に向こうのペースに乗せられてるけど大丈夫?」
茉莉香「乗せられてるねぇ・・・。」
空いている適当な部屋で照明も付けずにチアキは茉莉香に言った。
チアキ「あなたねぇ・・・。」
茉莉香「言ったでしょ、とことん乗っかってみましょう。」
チアキ「まぁ、船長はあなただけど。」
ムッとしてチアキは言う。自分も海賊である以上、茉莉香が船長として決断した事情には突っ込む気は無い。
チアキ「知らないわよ?」
茉莉香「色々心配してくれてありがとう。」
そんなチアキの気を知ってか知らずか、無垢な笑顔で返す茉莉香に思わず顔を背けてチアキはそのまま部屋を出た。
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格納庫で収容した小型船から降りた依頼主ジェニー・ドリトルは、海賊船船長である茉莉香より先に、女騎士のコスプレのままのリンの胸に飛び込んだ。
リン「ジェニー!!」
ジェニー「リン!!」
茉莉香「ジェ、ジェニー先輩!!?」
長い裾もお構いなしに一直線にリンを抱きしめたジェニー元部長は、純白色の花嫁ドレスの姿で現れた。
リン「お帰り。」
ジェニー「ただいま。」
お互いに二人だけの世界をその場で作り上げてしまい、回りの視線を意に介さず、ヨット部部長と元部長は、女騎士と花嫁は、当然のように唇を交わした。
想定だにしない緊急事態に、ブリッジは悲鳴に近い黄色いに包まれた。情操教育上いけないと思いつつ、塞いだ両手の隙間から見つめるグリューエル。グリュンヒルデに至っては微動だにせず見つめている。
二人の部長が離れるまで、茉莉香も金縛りにあったかのように、船長席で固まっていた。
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リン「どうしたんだ?アタシ達が迎えに行くって言ったのに。」
ジェニー「それがね・・・。」
キスの余韻でまだ赤らんだ顔のままジェニーが経緯を語った。
ドレッシングルームで、花嫁衣装の仮縫いを済ませた後、ジェニーを迎えに来た先方のSPは、少々荒っぽい連中だった。不敵な笑みを浮かべながら部屋に侵入するグラサン大男集団を瞬時に敵と判断したジェニーは、右足の腿に隠していたガンホルスターからレーザーガンを躊躇いなくぶっ放し部屋を強行突破した。
そのまま、形振り構わずに打ち込まれるレーザーを避けながら、純白の花嫁はとても素人とは思えない身のこなしで偵察機を強奪、そのまま強制発進して無理やり“アルティメット・フェアリー”から抜け出してきたそうだ。
ジェニー「だから逃げてきちゃった。色々段取りを考えてくれていたのに、ごめんなさいね。」
リン「いや、怪我が無くて良かった。」
そう言いながらリンはジェニーの頭を持って自分へ抱き寄せる。2年間の長い付き合いのある茉莉香だが、二人のこんな女性らしい表情を見るのは(もっとも、リンは男らしい方が強いが)茉莉香も初めてだった。
そして2回目のキス。またブリッジが黄色い声で埋まる。奥のレーダー/センサー席でイライラしているチアキの姿を茉莉香はちらっと見た。
ジェニー「みんな見てるわよ」
リン「見せつけてやろうぜ。」
ジェニー「・・・だめよ。」
どこか惜しむような感情が混ざった声でジェニーはリンからようやく離れ、純白の花嫁は海賊船長に向き直った。
ジェニー「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、船長。私ジェニー・ドリトルは弁天丸への乗船を希望します」
茉莉香「べ、弁天丸船長加藤茉莉香です。もちろん許可しますが・・・・。」
自分の立場が一瞬で吹き飛んでしまった茉莉香は、かつての部長を前にせっかく入れた自分の海賊スイッチがオフになっている事に気がついた。
グリューエル「お二人はそういうご関係だったのですね・・・。」
博識で大抵の事は耳に通しているグリューエルもさすがに驚きを隠せない。
リン「まぁ、一応ね。」
茉莉香「まさか部長、駆け落ちするために?」
リン「いや・・・それとこれとはまた別なんだが・・・。」
どうやら“駆け落ち”を否定する気は無いらしい。
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〜病院船ベン・ケーシー〜
百眼「普通に考えて変だよな?」
ケイン「何が?」
弁天丸のモニターシステムを操作しながら百眼が呟いた。
百眼「さっき弁天丸が小型の宇宙船を回収した。」
当初からモニターカメラからブリッジの様子を見ていた百眼だが、チアキ達にカメラの存在が発覚してしまい、以後は映像を使っての弁天丸監視は行わないようにしていた。
それでも弁天丸からのデータは随時百眼の端末に送られてくる。例えば、弁天丸の船体重量が上がれば、格納庫の開閉と重力センサーのオンオフで小型船を収容した事が解析できる。
ミーサ「小型の宇宙船?」
百眼「“サイレント・ウィスパー”だ。」
百眼は、つい最近発表された最新型の超高性能軍用偵察機のニュースを思い出しながらその名前を言った。普通に考えれば弁天丸自身より高価な宇宙船である。
三代目「あの最新型の!?すげぇ」
クーリエ「え?そうなの?」
ルカ「“流れる銀の星”・・・。」
我的中したりとばかりに先ほどの言葉を復唱するルカ。続きの暗黒とはどうなる事やら。
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茉莉香「あらためて紹介します。ヨット部の前の部長の、ジェニー・ドリトルさんです。」
2年生以上には顔馴染みの、1年生には初めての、花嫁姿から今の一年生の予備の(見慣れた)制服に着替えたジェニーを茉莉香が紹介した。
チアキ「船長、ハロルド・ロイド保険組合から通信。どうする?」
すっかり海賊モードのチアキが茉莉香に言う。茉莉香は仕事の内容をショウに連絡し忘れていた事を今になって思い出した。
茉莉香「あ、出る」
チアキが船長席に通信を繋ぐ。茉莉香が座って応答すると、船長席のモニターに派手なビジネススーツにアフロヘアーの怪人が現れた。
ショウ『おう!毎度お馴染みハロルド・ロイド保険組合のショウです!』
右手の指を2本だけ伸ばして気軽に挨拶をするショウ。
茉莉香「そろそろ、連絡しようと思っていました。」
ショウ『確認したい事がある。今そこに、“ヒュー&ドリトル星間運輸”のジェニー・ドリトル嬢はいるかい?』
早くも仕事モードの真面目なテンションでショウは茉莉香に言った。
茉莉香「え!どうしてそれを!?」
ショウ『なんてこった!?いんのか!!』
茉莉香のとぼけたような声色にずっこけたショウ。モニターカメラ目掛けてこけたせいか、表示画面がアフロでいっぱいになる。
茉莉香「あの、何があったんですか?」
ショウ『――そりゃこっちが聞きたい。先ほど“ヒュー&ドリトル星間運輸”から、弁天丸によりジェニー・ドリトル嬢が誘拐されたとの情報が流れてきた。』
「「「えぇ!!!?」」」
騒めく船内、状況を一人読んだジェニーが茉莉香の横に立ってショウの視界に入る。
ジェニー「それは叔父の仕業です。」
ショウ『あんたがジェニー・ドリトル嬢ですね?』
ジェニー「えぇ、初めまして。その誘拐の情報はデマですわ。」
ショウ『・・・と、言うと?』
写真で確認していた姿と比較しつつ、ショウが聞いた。
ジェニー「今回の事は、私と叔父の確執が原因です。この件はあくまでも私自らが依頼し、弁天丸に身柄を保護して貰ったという事です。」
ショウ『そうか。まぁ、もし海賊行為としての誘拐を行うつもりであったなら、先に船長からこちらに話があるべきだからなぁ。』
わざとらしくショウは茉莉香を見て話す。
茉莉香「すみませ〜ん、色々後手に回っちゃって・・・。」
ショウは話を戻す。
ショウ『さて、そこでだ。君の叔父であるロバート・ドリトル氏は、君の即時解放を求めている。さもなくば、うちの会社との取引を見送ると・・・。』
ジェニー「まぁー、叔父が考えそうな陰険な手ですこと・・・おっほっほっほっほ。」
グリュンヒルデ「目が笑ってませんわね。」
人を見る目はそれなりに蓄えられているセレニティ姉妹は、早くもジェニー・ドリトルという人物の質が見えてきたようである。
茉莉香「ショウさん、実は私、まだジェニー先輩と報酬の話をしてないんです。ジェニー先輩を先方に引き渡すかどうかは、今ここで、私と先輩とのやり取りを見て、判断してくれませんか?」
ショウ『・・・・・。』
茉莉香「どちらに付くのが得か、それを見極めてからでも遅くないですよね?」
ショウ『・・・・・・いいだろう。』
不敵な笑みを残しつつ、日に日に交渉術が長けていく茉莉香に内心関心した様子でショウが答えた。
茉莉香「そういう訳で、先輩にこんな話をするのも悪いんですけど、こっちも仕事なんで。」
弁天丸船長として茉莉香はジェニーに向き直る。
ジェニー「構わないわ、私もその方が気が楽だし。」
茉莉香「では早速伺います。この件に関する報酬は、何になりますか?」
船長席の椅子に座ったまま足を組んで、茉莉香はモニターを見ながら言った。
ジェニー「“サイレント・ウィスパー”の投機書類。まずは前金だと思って受け取って。好きに名前を書いて・・・。それから、私が企業した星間旅行会社《フェアリー・ジェーン》の資産今後十年の粗利益一割分。これが報酬よ。」
ショウ『《フェアリー・ジェーン》と云えば、今急成長中の旅行会社か。』
グリューエル「年商50兆。その一割・・・。」
グリュンヒルデ「我が王宮予算のほぼ半分に相当しますね。」
桁数が10個以上の金の取引など日常茶飯事なセレニティ姉妹でも、その額を聞けばさすがに少し怯む。
チアキ「保険会社に流れる手数料も、かなりの額になるハズよ。」
一瞬見つめ合い、ジェニーの手を握ってリンが話を続ける。
リン「他にも、あたしが持っているデータの一部。顧客名簿や海賊船の情報、星間企業の裏情報を提供できる。」
いきなり物騒な単語をすらすらと並べるリン。うっすらと予想していた茉莉香は、それらを聞き入れて言った。
茉莉香「なるほど・・・。将来的に“フェアリー・ジェーン”は“ヒュー&ドリトル”を追い抜く事も考えられますねぇ・・・。」
ジェニー「一応はグループ会社ですが、独立すれば・・・。」
茉莉香「弁天丸としては、陰険な圧力に屈するよりは、魅力的な報酬だと思いますけど?」
先ほどのジェニーの言葉を拝借して、茉莉香はモニターの向こうで難しい顔をしているアフロの怪人に言った。
ショウ『―――ったく、末恐ろしいお嬢様達だな。まぁ、いい。私個人の意見を言おう。』
意味深にショウが答えに間を空ける。その間の時間は止まったかのようにブリッジも無音に包まれた。
ショウ『弁天丸が依頼を受けるのを許可したいと思う。』
茉莉香「ほんとですか!!」
やや屈した感じのショウの言葉を受けて、ブリッジに安堵の空気が流れる。
ジェニー「ありがとうございます。」
ジェニーはモニター向こうのアフロ怪人に頭を下げて礼を言った。
ショウ『要求に従わなければ契約を切るっつー、“陰険な提案”は私も嫌いなんでね。だが組織に属している以上は、その事態は避けたいのも事実なんだが。』
茉莉香「だったら、”やっちゃいましょうか”?」
ショウ『はぁ?』
「―――!?」
茉莉香「そうすればジェニー先輩の政略結婚も、保険会社への圧力も、一気に片がつくでしょ?」
ジェニー「そうね。さすがに身内だからそこまで考えてなかったけど、この歳決着を着けましょう」
茉莉香「そろそろ“ヒュー&ドリトル”の艦隊も、弁天丸を見つけるだろうし、宇宙大学に向いながら、作戦を考えましょ。」
茉莉香は船長席から立ち上がって、モニターとジェニー達を交互に見ながら言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〜再び病院船ベン・ケーシー〜
『やぁ!!弁天丸の諸君!そろそろ茉莉香船長が気になってる頃だろ?』
先ほど弁天丸の船長モニターにいたアフロ怪人が、今度は百眼が置いた端末から現れた。
三代目「遅ぇぞお前!」
ケイン「それで、弁天丸の様子はどうなんだ?小型船を回収したんだろ?」
ショウ『そこまで知っていれば話は早い。小型船に乗っていたのはジェニー・ドリトル嬢、その身柄確保と護衛を依頼され、先ほど正式に弁天丸は了承した。』
端末の立体映像に私服で着飾ったジェニー元部長の姿が映る。
クーリエ「身柄確保と護衛って・・・。」
ミーサ「新しく仕事してるって事?」
ショウ『あぁ、一人前にな。』
シュニッツァー「大丈夫なのか?」
ケイン「ジェニーと言えば先代の部長だが、確かヒュー&ドリトルの令嬢だよな?」
その質問を待っていたかのように、トーン一つ上げてショウが応える。
ショウ『その通りだ。現在弁天丸が敵に回しているのも、ヒュー&ドリトル星間運輸会社だ。誘拐疑惑をかけられている。』
三代目「あーもう!船長ってば無茶ばっかしやがって!!」
人一倍弁天丸に愛着がある三代目が、頭を抱えて言った。
ミーサ「また大きく出たわね。」
百眼「あんたが付いていながら、どうして茉莉香に依頼を受けさせたんだ?」
ショウ『まぁ、彼女の運と可能性を信じたってとこか。』
ミーサ「無責任ねぇ・・・。嫌いじゃないけど。」
呆れ半分でミーサが呟く。
ショウ『もし船長が依頼を達成すれば、弁天丸にとっても色々利益がある。その辺りを見越して、依頼を受けたんだろうと思うけどねぃ。では、また続報が入り次第連絡するよ。ほんじゃ!』
そうして一方的に、アフロ怪人はモニターの中から姿を消した。
直後、今度は端末が弁天丸の警報を直接伝える。
百眼「!?」
船外カメラが自動的にオンになり、端末に映し出されたのは、弁天丸の外装周囲を飛び交う無数のレーザー攻撃だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
チアキ「後方500キロにヒュー&ドリトルの艦隊が接近!」
警報がけたたましく後方からの高エネルギー反応を伝える。武装機動隊も必要な弁天丸の砲門は、シュニッツァーの戦闘指揮官席で操作できるが、今回は戦闘面での攻撃はNG。電子妨害でこちらの座標を狂わせてレーザーの攻撃を避けながら、弁天丸は艦隊攻撃のさなかにいた。
茉莉香「ギリギリまで引きつけて飛びましょう!いいわね!アイちゃん頼んだわよ!!」
アイ「はい!なんとか避けてみます!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〜病院船ベン・ケーシー〜
クーリエ「ねぇ!隔離を解いて貰おうよ」
シュニッツァー「いや、交渉しても数日はかかる。時間が無い。」
居ても立ってもいられない様子のクーリエをシュニッツァーが止める。
三代目「脱走しようぜ!宇宙船(ふね)はなんとか調達して、それで弁天丸まで!」
ミーサ「待って。」
今にも出ていきそうな勢いの三代目をミーサが声を張って静止させる。
ミーサ「茉莉香からの連絡が無い以上、こちらから出て行くのはどうかと思う。」
百眼「もうそんな事言ってる場合じゃねぇ!」
三代目「オレ達の宇宙船(ふね)なんだぞ!」
百眼も立ち上がってミーサに言うものの、ミーサはじっと落ち着いた声で言った。
ミーサ「船長は茉莉香よ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
茉莉香「航跡を追われないように短距離で飛びます。できるだけ紛れ込みやすいような航路帯の中央を狙って!」
グリューエル「座標を送ります!」
解析作業はリンと並ぶ程上達したグリューエルが報告する。
アイ「いただきました!」
最初の頃とは比べものにならないくらいしっかりと舵を握るアイ。
茉莉香「転換炉は?」
ヤヨイ「エネルギー供給大丈夫です。超高速跳躍も行けます!!」
茉莉香「よし、じゃあ跳ぼう!!超高速跳躍!!」
銀河に光る銀色の星。その狭間に揺れる彼女達の未来、海賊船は様々な夢を背負って宇宙を跳んだ。
迫り来る艦隊砲撃、単機で逃げる弁天丸、茉莉香達ヨット部での海賊行為もこれで最後!
次回「打ち上げはジュース」
原作だと思いっきり酒を飲んでたのでさすがにそこはNGですね。サブタイまでしっかり強調してます(笑)
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- 作者: 笹本祐一,松本規之
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