モーレツ宇宙海賊第二十二話「海賊狩り」
鯨座宮たう星系第三惑星海明星(うみのあけほし)。開拓惑星の多分に漏れず、人口が増え世代を重ねるにつれ、宗主である星系連合との対立が深まり、ついには独立戦争が勃発する。時の政府は脆弱な戦力を打開するために、私掠船免状を発行した。公認される宇宙海賊の誕生から百年余り、これは今なお宇宙を翔ける宇宙海賊達の物語である。
「時は きた」
「今 まさに」
宇宙海賊。それは銀河帝国公認の海賊船に乗る船乗り達の事である。保険組合を通して彼らには様々な依頼が舞い込んでくる。軍艦の護衛、軍の模擬演習の仮想敵、一国の姫の護送から、幽霊船の捜索、保険金が賭けられた金品を豪華客船の乗客から強奪する等、その仕事は多岐に渡る。加藤茉莉香の乗る海賊船弁天丸を含め、この宇宙には独立戦争以来宇宙を飛び続けている海賊船が存在した。
モーレツ宇宙海賊第二十二話「海賊狩り」
茉莉香「海賊狩り?」
海明星新奥浜市、管制空港の食堂街の一番奥。空港の元締めがシェフを務める中華料理屋で、茉莉香はミーサ達に呼ばれて円卓についた。
ミーサ「そ、海賊狩り」
円卓を挟んで茉莉香に向かい合うように座ったミーサは、何気ないように言った。
ミーサ「さ、まずはどこから話をしましょうか。」
ケイン「とりあえず、最新情報?」
百眼「あいよ」
右手に座った百眼が端末を叩いて立体ディスプレイを円卓の上に表示させた。球状のディスプレイの中に映ったのは、弁天丸と似た形の銀色の宇宙船だった。
百眼「三日前に襲われたのは、海賊船シルバー・フォックス。三連装の主砲が三門に、迎撃用の二連装機関砲が十八門。その他、多連装のミサイル……海賊船としちゃあ大した武装だ」
茉莉香は百眼の話を聞きながら、ディスプレイの中の海賊船を見る。確かに弁天丸と似た船体構造をとっているが、砲門の数が物々しく多いので戦艦に見えなくもない。
シュニッツァー「軍の準巡洋艦クラスだ。」
茉莉香は船の戦力の話から、百眼が何を言いたいのかを考えた。
茉莉香「で?そんなに凄い船を沈めちゃったのが海賊狩りなの?」
ケイン「少なくとも、保険組合ではそう呼んでるそうですよ?」
左手のケインが言った。
ミーサ「保険組合のショウさんが送ってきてくれたデータによれば、同様な事件は今月に入って二件。先月は五件。週に一回は必ず海賊船が狙われ沈められているわ。」
ディスプレイに映った海賊船の船体に描かれたキツネがピストルを掲げて睨んでいるシンボルを茉莉香は見ていた。
茉莉香「あ、根本的な質問いいかな?」
ミーサ「何?」
茉莉香「海賊狩り、海賊狩りって言うけどさぁ、この界隈で宇宙海賊ってか狩られちゃうほどいるの?」
シュニッツァー「――――。」
ミーサ「――――……。」
百眼「……。」
茉莉香が言うなり、皆考え込むようにため息をつく。それが呆れられているものだと思って茉莉香は言葉を続けた。
茉莉香「あぁ、ほら、あの同業者って、チアキちゃんとこのバルバルーサしか知らないから…。他にどのくらい宇宙海賊がいるのかなーって…」
ミーサ「海賊艦隊……。その数まさに二百よ」
一瞬静かになった部屋で、ミーサが口を開いた。
茉莉香「え!? 二百隻!!」
ミーサ「それは独立戦争の時、それに海賊船ってみんながみんな弁天丸みたいな武装船じゃないのよ?オデット二世だって海賊船でしょ?」
茉莉香「あ、そっか。」
独立戦争当時、敵対していた宗主星系に対抗すべく植民星連合は、星系内で非合法に活動していた海賊船に「私掠船免状」を発行する事で、海賊艦隊として宗主星系への戦力とした。しかし、実際に海賊艦隊といっても元々海賊であったもの、私掠船免状を機に海賊を名乗りだしたもの、非合法の商船や怪しい輸送船など、火力に難があった宇宙船も軒並み参加し、その全てが海賊船と名乗っていた。軍は艦隊を一つの巨大な戦場として動かすが、誰の命令も受け付けず、勝手きままに一隻で暴れまわる海賊には当時の宗主星系も手を焼いた。
そんな海賊艦隊の中で、最初に私掠船免状を発行された七隻の海賊船をオリジナルセブンと呼び、弁天丸とオデット二世(当時白鳥号)がそれに当たる。
ミーサ「お古の軍艦から太陽帆船まで、宇宙海賊とはいっても、元々はロクデナシの寄せ集めだからね。」
茉莉香「ロクデナシ……。」
茉莉香には、梨理香も時々使うその難しい言い回しは解らなかった。
ミーサ「政府の公文書を見れば、どの宇宙船(ふね)の免許が更新されて、どの免許が失効になったかわかるわ。そうねぇ……なんだかんだで三分の一以下には減ってるんじゃないかしら?」
茉莉香「六、七十か……。」
百眼「現在残っているのは間違いなく巡洋艦クラス以上だなー。」
ディスプレイを閉じ、端末を畳んで湯呑に手を伸ばしながら百眼が言った。
シュニッツァー「超高速跳躍が可能で、軍とも撃ち合える武装。最低、弁天丸以上じゃないと私掠船免状の維持はできないだろう」
茉莉香「うち、最低ライン?」
シュニッツァーの言葉に不安になる茉莉香。確かに毎回の海賊免許の更新はギリギリが多い。
ミーサ「乗組員(クルー)は最高でしょ?だから……」
茉莉香「お釣りがくる!」
ミーサ「――宜しい」
ケイン「船長はどう対処します?今回の件について…」
集まった目的を諭すようにケインが茉莉香に訊いた。円卓を囲む全員の視線が茉莉香に集まる。
茉莉香「じゃあ言うね!」
そう言って茉莉香は立ち上がり、右手で三本の指を立てた。
百眼「ほー、三つもあるんだ」
百眼がわざとらしく感心したような声を上げる。
茉莉香「ひとつ。これは弁天丸の事情。私掠船免状の失効まで後二十しかない。当然それまでには、海賊のお仕事をしなければならない。」
人差し指を立てて、茉莉香は全員に聞こえるように言った。
百眼「まぁ、そりゃそうだなぁ〜」
茉莉香「ふたつめ。これは私の事情。来月末に大事な学年末試験があります。できれば試験前に免許の失効をクリアして、試験後に本格的に対処するのがいいなぁ〜〜って。」
若干申し訳なさそうに茉莉香は言った。海賊船の船長になってからというものそれまでの無遅刻無欠席記録がまるで無かったかのように、遅刻欠席早退の常習犯になってしまったのである。当然、勉強する時間も限られてくるので成績も当初に比べれば別人の有様である。なので、試験前には問題を起こさずに勉強に集中したいのが本音であった。
ケイン「もうひとつは?」
茉莉香「みっつめ。この界隈の海賊が狙われているとしても、弁天丸が狙われるとは限らない。次の仕事の時には案外無事かもしれない……。そう思いたいけど―――、襲われた海賊船の位置を見るとどんどんこのたう星系に近づいている。」
ミーサ「狙われてもおかしくないわね。弁天丸が。」
茉莉香「運を天に任せて仕事をする―――。そんな事はしたくない。結果的に海賊狩りに会ってしまうかもしれないけど、あやふやなまま、為すがままって云うのは悔しいじゃない?やれる事はやっておかないと!」
シュニッツァー「武装の強化か?あるいは出力系の強化とか?」
シュニッツァーが茉莉香の言葉の意味から答えを促すように提案するが、茉莉香はそれには首を横に振った。
茉莉香「ううん。ちょっとした“ずる”」
ケイン「“ずる”?」
百眼「どんな“ずる”だ?」
興味深そうに聞き返すみんなの前で、自信満々に茉莉香は言った。
茉莉香「ふふ〜〜ん。恐らく依頼する方も助かると思うんだよねぇ……」
・・・・・・・・・・
今ではすっかり廃れたレトロなガソリンエンジンを蒸してミーサはコミューターを減速させた。心地よいハイウェイの風が滑らかな車体を滑るように流れていく。
ミーサ「驚いたわ、船長のアイディア」
茉莉香「そうかなぁ…そんなに変?」
陽が落ちて外灯が照らし出す長いハイウェイを走りながら、流れる景色を横目に見て茉莉香は言った。
ミーサ「ううん。ちょっと意表を突かれたかなって。」
茉莉香「へぇ〜、ミーサを出し抜いたかな〜わたし。」
ミーサ「梨理香はどうしてるの?最近。」
茉莉香「家に居たり居なかったり。今日はちょっと遠くに言ってるって」
茉莉香の母梨理香は管制局の仕事を辞めたのは、茉莉香が船長になってしばらく経った頃である。茉莉香が大人になるまでは、自分のやりたい事より仕事を選んできた(元は女海賊、結婚後脱退?)梨理香だが、茉莉香が一人前になったという事で、新たな仕事先を最近探しているようだった。
ミーサ「今何やってるの?彼女」
茉莉香「大型船舶の免許を取るんだってところまで聞いてるんだけど……わからない。」
ミーサ「心配じゃないの?」
茉莉香「お互い様だし。」
ミーサ「………そ。」
すれ違う車も少なくなってきた頃、明るくなっては暗くなるを繰り返す、流れる外灯に照らされて、コミューターは茉莉香の家まで走った。
一般家庭には不釣合なくらい厳重なセキュリティを解除して家を開けると、梨理香の姿が無い事に茉莉香は気づいた。管制官をしていた頃もよく夜勤で家にいなかったから、さして気にせず、台所にある書き置きで事情を把握した。
茉莉香「“お土産に期待して。申し訳ない”?」
書き置きには「急なバカンスで御免なさい」と書かれていた。電紙モニタに打ち込んでおけば良いのに、わざわざ紙にインクペンで書き置きを残すところが梨理香らしい。
茉莉香「こっちは海賊狩りなのに。期待していいのかな?」
書き置きの隣に置いてある鍋の蓋をゆっくり開けながら茉莉香は言った。まだ熱を保った鍋の中からポトフの匂いが浮かんでくる。
茉莉香「そろそろ自分で作ろうかな……。晩御飯。」
海明星には、星を包むように弓状の星雲が、夜空を幻想的に彩っている。その空を頭に浮かべて、茉莉香は一人眠りについた。
・・・・・・・・・・・
翌日、放課後。茉莉香は通信システムが厳重なヨット部のブリーフィングルームに来ていた。
茉莉香「はい、判りました。こっちも色々調整しておきます。」
ショウ『OK、頼んだよ。んで、キャプテン茉莉香は無事進級できそうなのかい?』
モニタの向こうでアフロ姿のスーツの男が言った。保険組合のショウである。
茉莉香「えぇ、なんとか。出席日数はおかげさまで余裕です。成績の方は、まぁ、要領良く……。」
普段はそこまでプライベートな内容は話す必要は無いが、ショウとは付き合いもあり、こちらの事情はできる限り全部伝えておく方が、何かあった時向こうで勝手に辻褄を合わせてくれる。
ショウ『一年前の時はけっこうやばかったよね?!宇宙海賊、赤点で沈没だなんて悪い冗談!』
大げさにジェスチャーを混ぜながらショウが言った。
茉莉香「いえ。そんな過去は蒸し返さなくていいです。過去は過去、今は今です」
ショウ『ハッハッハッハ!OK!資料は弁天丸の方にも送ったから、段取りについてはこの通信の後にそっちに送っておくから宜しく!』
茉莉香「わかりました。それじゃ―――」
ショウ『じゃあね。ま・た!』
そう言うなりディスプレイに浮かんでいた姿をぐるぐる収束させて消えていく凝った演出で、ショウは通信を切った。
リン「すっかり、弁天丸白鳳女学院支店って感じだな。」
いつものやり取りに若干疲れを覚えて茉莉香がため息をついた時、扉の脇で寄りかかっていたリンが茉莉香に言った。
茉莉香「いやー、すいません部長。ここの通信機が一番セキュリティ確実なんで」
リン「あたしはもう部長じゃないぞ?部長はお前だ、昨日決めたじゃないか」
学年末試験期間が終われば、三年生は卒業である。ジェニーに次いでヨット部部長を勤めていたリンももうじきその任を下ろす事になる。昨日の部活では、次期部長を決める会があったのだが、全員の意見は茉莉香を次期部長にする事で一致したのだ。
茉莉香「なぁんか、ピンときません」
茉莉香が戸惑うようにリンに言うと、扉からアイ達一年生が授業を終えてやってきた。
アイ「失礼しま〜す」
ナタリア「あ!部長に部長、ワンペア!」
茉莉香「えへへ。」
・・・・・・
ディンギーレースの一件以来、本格的にシュミレータを動かしてより実践的なディンギー操作がヨット部の今後の課題であった。もちろん、プログラムにはケインが残していった数々のデータも生かされている。
茉莉香「やっぱりさー、サーシャがやるべきだったと思うよ?部長。」
サーシャ「なんで?みんなで決めたんだからいいじゃない。」
茉莉香「だぁって副部長だったんだよー、そのまま持ち上がりで良かったじゃない。」
ウルスラ「もう決まった事だから、だめぇ〜」
茉莉香「む〜…。」
ぷくっと、訴えるように茉莉香は頬を膨らませる。
リリィ「確かに茉莉香は弁天丸の船長で忙しいかもしれないけど、あたし達も頼りにしてるんだよ?」
真希「よ!キャプテン」
茉莉香「む〜…でもぉ〜…。」
リン「観念しろよ茉莉香、諦めろ」
たたん、とリンはパネルを弾いて端末を閉じた。
茉莉香「えぇ〜……。」
あはは、とみんなが声を合わせて笑う。
リン「さて、あたしの用事はもう済んだ。追い出し練習航海、楽しみにしてるからな」
ヨット部の卒業生には、最後に下級生が練習航海のプランを考えて先輩たちを送り出すという伝統行事があった。その時その時の先輩に今までの成果を見せる、という意味も込めての下級生のサプライズである。
「「「「「お疲れさまで〜〜す!!!」」」」」
リンが軽い敬礼のポーズを取って部屋を出て行くのを茉莉香たちは見送った。
リンが部屋を出て行ったと同時に、テーブの上のディスプレイを閉じて、五人は顔を寄せ合った。
真希「リン先輩、一段と男前になったね。」
リリィ「うん、うん。」
ウルスラ「なんだか大人みたい」
茉莉香「うん。うん。」
サーシャ「宇宙大学への推薦が決まったからねー。今のもきっと、ジェニー先輩にメールしていたんだと思う」
「「「「「おぉ〜〜〜……」」」」」
コスプレ宇宙海賊。弁天丸の代行としてヨット部で弁天丸を運行していた時、ジェニー・ドリトル誘拐事件の張本人達は、リンとジェニーが恋仲である事を知っていた。ジェニーは無事宇宙大学に入学を果たし、卒業するリンもそれを追う形で、倍率が桁違いな帝国最難関の大学を目指している。
茉莉香「とにかく、今度の練習航海、先輩達が楽しんでくれるようなプランにしようね!」
「「「「「おぉーーー!!!!!」」」」」
リン「海賊狩りか……。」
全員で握った拳を突き合わせた時、茉莉香の端末がポケットで光った。琴を掲げた弁天のドクロのシンボルが輝くパネルを開く。
ショウ『うぉーーい!!!』
景気の良い掛け声と一緒に、ドット絵で形取られたショウのサインを確認して、茉莉香はそれがショウからのデータ受信の合図だと読み取った。
茉莉香「“ずる”の段取りはついた。後はやるだけだな」
リリィ「ん?」
真希「ずる?」
真希が聞き返す。準備は揃った、後は仕上げを御覧じろ。
茉莉香「そう!海賊の活躍に、こうご期待!」
・・・・
茉莉香「じゃあね〜〜!!よろしく〜〜!!」
授業終了のベルと共に、茉莉香は教室を勢いよく飛び出した。
マミ「バイトの方、言っとくから〜!」
海賊の仕事が回ってきた。茉莉香のそんな光景も、マミ達にはもう珍しくはない。
サーシャ「慣れちゃったねぇ…なんか。」
マミ「むしろ、ああじゃないと安心できないかも。」
サーシャ「そうだね。」
くすっと、サーシャが笑う。忙しなく翔けていく友人の背中を、マミはただ無事を祈って呟いた。
マミ「いってらっしゃい、茉莉香。」
・・・・・・・・
そうして、管制空港から弁天丸の専用シャトルで茉莉香は宇宙へ飛んだ。
茉莉香「ふぅ。」
ケイン「どうです?たまにはこういう席に座るのは?」
シャトルを自動運行モードにして運転席のケインが話しかける。茉莉香は普段座っている客席ではなく、珍しく助手席に座っていた。
茉莉香「はい。いいですね。」
言った途端、違和感に感じた茉莉香は吹き出した。
ケイン「どうしました?」
茉莉香「うん。ケインはね、時々どうやって話していいのかわからなくなるの。」
ケイン「わからない?なぜです?」
茉莉香「ほら、ケインは私の担任の先生だったじゃない?だから今でも時々―――ね。」
ケイン「私は弁天丸の操舵手です。三代目や百眼に言うようにタメ口でいいじゃないですか」
茉莉香「だぁってほら!ケインだって私に対して、先生の頃から変わってないじゃない!“です”とか“ます”とか……。あ、でもこの前のヨット大会の時みたいなのは、ちょっとやだなぁ〜」
一瞬、サングラスにジャージに竹刀を持った熱血体育教師が頭を過ぎった。
ケイン「あぁ。あれば別人です。そういう事にしておいてください。」
茉莉香「さすがにあれはや・り・す・ぎ」
ケイン「私もそう思います。」
平然と答えるケインに、その時の印象が重なって茉莉香は思わず笑いを零す。
ケイン「―――――。そろそろ送迎無しでいきませんか」
茉莉香「うん。考えてる」
ケイン「シャトルの操縦は私が教えます。免許も取っておいた方が良い。きっと役に立ちます」
茉莉香「うん……。」
なんとなく、何気なくケインは口を開いた。
ケイン「卒業したらどうします?」
茉莉香「え―――。」
ケイン「海明星から通いますか?弁天丸に。それとも――――、なりますか?本当の船乗りに」
海賊船船長は、半ば無理やりに決まった事だが、それでも最後は自分で決めて船に乗った。もちろん、学生であるうちは学業にも専念したい。
海賊である自分と普通の加藤茉莉香である自分。いつか、その選択をしなければならない時が来る。
クーリエ『こちら弁天丸。シャトル確認したわあ。誘導しまあす』
沈黙を破るようにクーリエの声がモニタから流れてきた。
ケイン「おう、よろしく」
いつか、その選択を。
・・・・・・・・
ミーサ「今回の仕事は宇宙船の護衛。船名はビッグキャッチ。オリジナルセブンほどじゃないけど、古参の海賊船よ。」
茉莉香「うんうん。」
白鳳女学院制服から海賊服に着替えた茉莉香は、船長隻で満足気にミーサの話を聞いていた。
ケイン「なるほど、ずる賢い」
茉莉香「でしょ〜!」
ミーサ「でも、よく先方を納得させたわねぇ。海賊が海賊を護るだなんて前代未聞、ショウさんも苦労したみたいよ?あっちの船長に納得して貰うのに」
茉莉香「悪い話じゃないと思うけどなー。海賊が護衛を頼めるのって、海賊だけじゃない?あっちは海賊狩りに対しての戦力が増えるし、こっちは助け合う事で海賊仕事もできて免許も更新!」
百眼「今回の船長のアイディアは、いい足がかりになるかもしれないな」
茉莉香「え?」
百眼「これなら、海賊狩りにも対抗できるだろう。しかし、海賊が海賊として認められているのはなぜだ?」
突然の百眼からの質問に茉莉香は戸惑いながら、今までの考えをまとめる。
茉莉香「私掠船免状を持ってるからでしょ?」
百眼「どうして今でも更新されている?」
茉莉香「海賊の、お仕事をしているから……?そっか!海賊だからだ!」
茉莉香の答えに百眼は振り向いた。
百眼「独立したばらばらな戦力として存在するからこそ、軍も星系連合も見逃していた。でも、それが手を組んだとなれば……言わば独立国家がもうひとつ出来たようなもんだ」
クーリエ「海賊帝国の誕生だー!」
百眼の言葉に便乗してクーリエはカラフルなキャンディを真上にばら蒔いた。人口重力が効いている船内では、当然足元に落下してくる。
茉莉香「はは……帝国って……。」
ミーサ「ま、一匹狼の海賊が国を作るとは思えないけどね。でも気をつけないと、上に付け込まれるかもっていうのは確かよ」
・・・
程なくして弁天丸のブリッジモニタに顔を出したのは上半身は皮のジャケットのみで、彫の深い人相の大男であった。
『貴様か。保険組合のショウにこんな仕切りをさせたのは』
睨みとドスを効かせて相手を見下すような調子で茉莉香に言う大男こそ、海賊船ビッグキャッチのストーン船長だった。
護衛対象の海賊船と合流した弁天丸は、弁天丸の三倍程ある大きな海賊船ビッグキャッチと通信回線を繋いだ。海賊船ビッグキャッチは大口径の主砲と無数の迎撃砲門を抱え、さらに偵察用の戦闘機二機を周囲に旋回させている警戒体勢で弁天丸を出迎えた。
茉莉香「会えて光栄です、キャプテン・ストーン。弁天丸船長の加藤茉莉香です。私、他の海賊の方と中々お会いできる機会がなかったので……」
ストーン『はっ。噂は聞いてる。いいか!お前に仕事を依頼したのはあくまで保険組合で俺じゃあない。そこの所間違えるなよ!』
凄みの効かせたストーンは怒鳴るようにそう言った。これくらい典型的な海賊だとやりやすいなーとか思いながら、御くさずに茉莉香は言い返す。
茉莉香「はい、わかってます。きっちり海賊船ビッグキャッチの護衛を務めさせて頂きます。」
ストーン『な!!――――――。』
一瞬呆れたような表情をした後、ストーンは肩を落として通信回線をオフにした。
茉莉香「おぉー、怖。無事にビッグキャッチを目的地まで送り届ければ、お仕事はお終い。みなさん、頑張りましょう!」
ルカ「ん?」
操舵席でケインは目線を下げて、誰に言うでもなく呟いた。その言葉の真意は、ここにいる本人以外には知る由もない。
『こちらファルコン1。今のところ異常なし』
『ファルコン2。同じく異常なし』
「高性能スキャン、全天走査以上無し!」
大型船に分類される海賊船ビッグキャッチは戦闘及び偵察用に戦闘機を搭載している。周辺空間の情報収集が全ての鍵を握る宇宙では、情報収集に余念を欠かさない方が結果的に早期に対処できる分有利である。偵察機代わりに飛ばした戦闘機のレーダー波を二重解析し、それをビッグキャッチのネットワークとリンクさせれば、通常より大規模な観測体勢がとれる。
「このまま無事に行きたいですね」
ストーン「バカ野郎!!このビッグキャッチを襲うなんざ千年早ぇ!はっ、保険会社の取り越し苦労だ、そんな素人この宇宙にいるかよ」
ストーンがそう吐き捨てるなり、ビッグキャッチのブリッジ警報がその声をかき消した。
「前方にタッチダウン!」
ストーン「何!?」
ビッグキャッチが観測した、宇宙船の前跳躍現象(プレドライブ)だった。超高速跳躍によって超空間を経由して通常空間を長距離移動する宇宙船の航路である出口を周辺空域に感知したのだ。
クーリエ「タッチダウンは一隻!」
茉莉香「この辺りに超高速で跳んでくる宇宙船ってある?」
百眼「そんなものはねぇ!」
出現した宇宙船の正体を探るために弁天丸でも観測体制が取られた。
茉莉香「敵が通常空間に復帰したところでトランスポンダーの確認と電子戦用意!」
クーリエ「了解!」
茉莉香「ケイン!距離に注意して!」
ケイン「了解!」
百眼「船長!」
茉莉香「何?」
百眼は茉莉香に呼びかけ、それに答えるように頭上の天蓋モニタを表示させた。弁天丸の真上を抜けていくビッグキャッチは既に戦闘体勢をとっていた。
茉莉香「クーリエ回線!!」
目標の正体もわからないまま攻撃体勢をとっているのは実質危険行為でもある。タッチダウンしてくる宇宙船があれば、敵か味方の識別が最優先であり、その後で作戦を立てる。しかし、既にタッチダウンの座標目指してビッグキャッチは砲門を開いてポイントに向けていた。
茉莉香の呼びかけも無視して、ビッグキャッチは正体不明の宇宙船を狙う。
ストーン『動けなくしたところで白兵戦だ!海賊の怖さを見せてやれ!!』
ビッグキャッチが現場に追いつくより若干早く、タッチダウンしてきた宇宙船はその船体を通常空間にさらけ出した。
出現と同時に砲門を開いたのはしかし、ビッグキャッチより通常空間に復帰した宇宙船の方だった。
先端を鋭角に尖らせた双頭の船首をめいっぱい伸ばすように流線型の大型戦艦がその姿を現す。
超高速跳躍から通常空間に復帰後はしばらく周辺環境が荒れるために、標準を付けるのは復帰した宇宙船には不利なハズである。よほど念入りな準備をしていたのか、そんな法則を無視するかのように激しい弾幕を射出する大型戦艦は、ビッグキャッチの戦闘機二機をその弾幕に飲み込んだ。
さらに畳み掛けるように、ネットワークに強力なレーダー波が流れ、大型戦艦からの電子攻撃が突如始まった。
クーリエ「ふごいわあ〜。通常空間に復帰ふるかひないかのタイミングで電子戦?!」
茉莉香の指示で迎撃準備を整えていたクーリエは、早速待機中だったシステムをフル稼働させて対応する。
百眼「敵さんの姿が見られる!光学センサーに回すぜ!」
二つの船首が伸びる船体は、その一つの船首だけでも弁天丸より太い。巨大な双方の船首を抱える船体は、中央に巨大なコアを持っていた。それが不気味に目のように赤く光ってこちらを睨んでいる。
前跳躍現象が完全に収まり、弁天丸のモニタに不気味な巨大戦艦が映し出される。
茉莉香「何……これ」
ビッグキャッチは敵巨大戦艦からの弾幕を避けるために、ビーム攪乱幕を散布した。しかし、相手の砲門が多方向に渡るため、小規模で分厚く展開した攪乱幕は全てをカバーしきれずに、ビッグキャッチの船体に極太のビームの命中を許してしまった。
そして、そんな相手の損傷を確認したかと思うと、巨大戦艦は突如その動きを完全に停止した。
百眼「おんや?」
茉莉香「どうしたの?」
百眼「敵さんのエネルギー反応が低下。弾切れか?」
百眼のコンソールには、赤外線センサーによる敵の温度分布が映し出されている。時間と共に巨大戦艦の温度係数がみるみる下がっていくのが見てとれた。
一撃もらってようやくビッグキャッチは、進路を180度反転させて退避行動をとっていた。戦艦に背を向ける形で出力全開にして周辺空域から離脱する。
戦艦の出力がどの程度か定かではないが、ビッグキャッチを追撃するにはだいぶ時間がかかるだろうと思われるまでお互いの距離が離れたところで、戦艦が再び動き出した。
巨大な船体の中央に抱えられた巨大な目玉のようなコアの両脇が稼働し、内側に隠された一回り小さい双装のコアをあらわにさせた。
ふたつのコアは不気味に輝き、まさに怪物の眼光そのものである。その輝きは数字となって弁天丸の観測ネットワークに感知された。
百眼「重力波反応増大!!」
茉莉香「全速前進!!とにかく敵から離れて!!」
ケイン「了解!!」
百眼「動くぞ!!!」
茉莉香「―――!!!?」
光学センサーで捉えた巨大戦艦は、一瞬でモニタの外へ姿を消した。突如、回転し出したと思った巨大戦艦は、まるで突風に晒されて不規則に飛ぶ紙くずのように、その巨体には有りない速度で回転しつつ亜高速で上下左右縦横無尽に動き回り、ビッグキャッチの目前に回り込んだ。
ストーン『ば……化け物……。』
ビッグキャッチに向けられた船体表面から、先ほどとは比べものにならないほどのさらなる大規模な弾幕を叩きつけ、ビッグキャッチは為すすべもなく極太レーザーに船体を貫かれた。
茉莉香「ストーンさん!!」
茉莉香は通常回線を開いて呼びかけるが、ノイズが流れるのみである。
百眼「動きはまるで戦闘機並だ」
三代目「ジグザグに飛ぶ戦闘機はねぇだろ!!!!」
百眼「重力制御か……。こんな事が可能なのか……?」
人間が人工的に重力を発生させられるようになってから、人類は宇宙空間での活動に支障をきたす事なく生活する事ができる。しかし、重力制御は複雑なシステムで構成され、一方向に重力を発生させるのは簡単だが、複数の方向に発生させると途端に重力同士が衝突して危険地帯と化す。だから重力制御は人間を惑星上と同じ条件で活動させるもの以上の働きをさせる事は非常に難しい。ましてや、あらゆる方向に設定した重力を使って亜高速に移動するなんて話は聞いた事もない。
反応を探知していた百眼のコンソールには、出鱈目に動き回っている戦艦の軌跡が記録されている。
クーリエ「ビッグキャッチ、完全に沈黙」
弾幕の波に呑まれた海賊船は、船体を激しく損傷したまま停止していた。
ミーサ「どうするの?船長」
クーリエ「もう一隻タッチダウンしてくるわ!!」
再び前跳躍現象を探知したクーリエがまくし立てて報告した。
茉莉香「今度は何!?」
百眼「モニターに出すぞ!!」
百眼が、光学センサーで取られた映像をそれぞれのコンソールに表示させる。
ビッグキャッチを堕とした戦艦と同規模の巨大な戦艦が、超空間を抜けてこちら目掛けて復帰してきた。
その規模に思わずクーリエは口にくわえていた棒菓子を落とした。
百眼「なんだ……ありゃぁ…」
茉莉香「一体……なんなの?」
黒い船体を通常空間に浮かび上がらせた巨大な宇宙船は、まっすぐにこちらに向かっている。
ケイン「………。」
???「時は来た!!」
宇宙船のエアシールド内を生身で仁王立ちし、そう叫んだ男が、あの時梨理香とケインがいたバーの男に見えた。気がした。
伝説の船長、古の海賊会議?鍵を握る伝説の料理人?
次回「目指せ!海賊の巣」
- 出版社/メーカー: キングレコード
- 発売日: 2012/03/07
- メディア: Blu-ray
- 購入: 4人 クリック: 229回
- この商品を含むブログ (120件) を見る
- 作者: 笹本祐一,松本規之
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2008/10/21
- メディア: 新書
- 購入: 10人 クリック: 422回
- この商品を含むブログ (91件) を見る