【毎日更新】line walker ゲームプレイ日記

毎日欠かさず更新して約11年目・・・・・。FGOとホロライブ・ホロスターズ中心のブログです。

モーレツ宇宙海賊第二十一話「決戦!ネビュラカップ」






 宇宙の星々は太古の昔から人々の想像と憧れを掻き立ててきた。地上から見上げる煌きも、宇宙船から眺める輝きも、時間と距離は異なれども、心に届く感動は共に等しい。宇宙を自由に飛び回れる時代になっても、夜空の星は決して色褪せる事はないのだ。


リン「ここがネビュラカップ会場、風凪星(かぜのなぎほし)だ!」








 オデット二世の格納庫から見つけ出してきたディンギーをきっかけに、茉莉香の所属する白鳳女学院ヨット部は、ディンギーのレースに参加する事になる。弁天丸操舵手であるケインはコーチとして生徒を熱血指導。海上ヨットで選手選抜し、ナタリア、グリュンヒルデ、そしてアイがその座を勝ち取る。
 一方その裏では加藤茉莉香に対する不可侵協定を無視した、ある組織の噂が流れていた。そして、出場するネビュラカップにも、6年前に白鳳ヨット部が起こしたある悲劇が隠されていた。



 激烈、炸裂、強烈、破裂、爆裂、モーレツ宇宙海賊第二十一話「決戦!ネビュラカップ」




 ディンギーという一人乗り用の小型縦帆機は、最低限の推進機関しか無い代わりにその軽量さをウリとして風の流れに乗って飛ぶ事ができる。かつては海上に浮かび、海面に流れる風を受けて水上を走るものであったが、人類が宇宙へとその足を伸ばした時、長距離で大気圏から地上までを気軽に航行できるものへと進化を遂げた。


 今年で19回になるネビュラカップは、たう星系内外を問わずに様々な学校や組織、団体から代表選手3名を1チームとして惑星大気圏外延からゴールを目指すレースを行なっている。ディンギーの大会の中では新しいものになるが、大会のレベルはそれなりに高い事で有名だった。





 リン達は部員を乗せて、巨大なディンギーを模した中継ステーションにシャトルをドッキングさせる。最初に中央ロビーでの受付作業を済ませる。



「は……はい。こ、これで、は…白鳳女学院のエントリーを、受け付けマシタ。」


 ロビーには様々な制服を着た女学生達がグループになって集まっていた。まだレース開始には時間があるので、最後の打ち合わせをするもの、余裕を見せて談笑するもの、様々いる。リンは自分に向けられる視線を気にしながら、なぜか声を裏返して応対する受付嬢の案内を聞いていた。明らかにこちらに怯えているように見える。


リン「は、はぁ…。」


 回りの様子がおかしい。会場に入った時からガラリとその場の空気が変わったように見えたし、白鳳女学院と名乗った瞬間、誰も目を合わせないように明後日の方向を向いている。応対した受付嬢は、銃口でも向けられているかのように強ばり、今にも気絶しかねない様子である。隣の人に手を握られて意識を保っているのがやっとのようだ。


 受付を済ませた後でさらに視線は厳しくなった。明らかに警戒、いや敵視している。睨みつけるもの、横目で見るもの、誰かしら影口を言っているのが見なくてもわかる。え〜あれもあそこの生徒なの?とか、よく顔を出せたものだわ、とか、何かと他人の囁きには敏感なグリューエルでなくても聞き取れるぐらい周りはざわついていた。


真希「なにこれ…」

リリィ「視線がむず痒いよぉ…」

グリュンヒルデ「随分な歓迎です事。」

ヤヨイ「怖いです…。」

リン「こういうの気にいらないな。」


 明らかに不機嫌な様子で先頭のリンが声を張って言う。それでも回りのざわめきは収まらない。


ナタリア「ですよね?あたしちょっと聞いてきます!」


 頭の後ろに両手を置いてふくれていたナタリアがリンに同意し、一番近くにいた女子校の団体に歩み寄っていく。相手はこちらに来るとわかるや否や、顔を強ばらせて睨み返してきた。構わず睨みを利かせるナタリアに、端にいた女の子はもう一人の影に隠れてしまった。



ナタリア「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど……。」


 来るなら来い、という感じの臨戦態勢すら感じる向こうの様子を無視して、ナタリアは呼びかけた。


チアキ「そこまで」


 その聞きなれた声のする方へ女学生達から視線をスライドさせる。黒い制服にいつものしかめっ面を顔に貼り付けたチアキがそこに立っていた。






・・・・・・






チアキ「全く、もうヒヤヒヤしたわ。」

ナタリア「ぶー………。」


 チアキはヨット部一行を手近のカフェへ連れ込んだ。このままだと無駄に人目を引いてしまうし、あらぬ事態を引き起こしかねないという事らしい。


真希「チアキちゃん、海森星チームの選手なんだ。」

チアキ「助っ人よ。そちらみたいに人材豊富なチームばっかじゃないの。」

リン「確かに海賊が出来るほどいるもんな〜」


 チアキの皮肉をリンは素直に肯定した。


チアキ「笑い事じゃないわよ!自分達の立場解ってるの?」


 チアキの言葉にみんな はてな を浮かべる。その中でグリュンヒルデは先日見つけたネビュラカップの記事を思い出した。


グリュンヒルデ「あれ…ですわね」

ナタリア「あー! そっかぁ〜」

ヤヨイ「白鳳ヨット部は、5年間公式レースへの出場停止だったんですよね…」


リン「え゛。そうなの!?」

真希「何で部長が知らないんですか!?」


 驚いた様子で立ち上がるリン。しかし、その話を知らなかったのはリンだけだったようで、真希が呆れたように言う。


リン「いやぁ〜どうりで今まで招待状が来なかったワケだ。」

グリュンヒルデ「でも6年前でしたら、リン部長は中等部ですわよね?」

リン「あ〜……それがさ〜〜。当時の先輩達がさ、発表前のレース情報手に入れてね…。“このコースつまらない”“他のチームもこれじゃ満足できないよ”とか言ってさ。それであたしが頼まれて運営委員会のデータを書き換えたんだ。」


 懐かしい想い出を語るようにリンは微笑み混じりに皆に言った。


ナタリア「クラッキングしたんですか!!?」

チアキ「運営側も驚いたでしょうね。いざ当日になってみたら、違うコース設定になっていたんだから…。で、結果はこうよ」


 たたん、とチアキは携帯端末を操作して当時発行された宇宙新聞の記事の一面を表示させた。写真にはカラーで翼が欠けたり、コクピットが壊れていたり、あちこち歪んで墜落した様子のディンギーが重なるようにいくつも映っている。


チアキ「通称、悪夢の第13大会。出場者142名、完走者2名……。」


ナタリア「傍迷惑な…」


 ナタリアは一度見た覚えのある新聞を再度見返す。怪我をして手当を受けている女生徒の写真もついている。



チアキ「その原因が復帰してきたとなったら、そりゃあ…ねぇ…」

リン「そんな事になってたとは〜、照れるなぁ〜」

ナタリア「褒めてないです!」


 顔を赤くして言うリンにナタリアがツッコむ。


リリィ「じゃああたし達、目の敵?」

チアキ「というより、宿敵…かな。」

真希「そ…そんなぁ…」

リン「いや〜、まさか今回そん時と同じ惑星(ほし)で復帰とはね〜」

「「「「「「「「ええええええええええ!!!!」」」」」」」」」




・・・・・・・・・・・・・・・




 白鳳ヨット部がカフェに入った途端、中にいた女学生達はそそくさと店を出て行ってしまった。


「集団の中に目標の姿は無い。引き続き監視を続行する。」


ケイン「ん?」


 人気が無くなったカフェで騒ぐ生徒達を、ケインは遠くで見張っていた。目線の先には、カフェの前でスーツを着込んだエージェントのような男がトランシーバー越しに誰かと話しているのが見えていた。


ケイン「あいつは……」


 サングラスの奥の目を光らせると、男は一瞬動揺した素振りを見せたあ後、なにごともなかったかのように立ち去っていった。






・・・・・・



 ネビュラカップは、ディンギーレースとしては格式もあるきちんとした公認大会である。そのために有名校の生徒が数多く集まり、必然的にVIPクラスの保護者も集まる事が多い。中継ステーション内は各選手の待機場であり、レースのスタート地点となっている。だが、それ以外にもそうした参加者以外の人間にもレースを娯楽として提供する設備も整っている。飲食店街から土産物物産店、ディンギー関連のグッズや本格的なディンギーのパーツやディンギーまるごとまで、幅広く扱っている。


 アイはカフェで会議している皆とは別に、土産物屋に着ていた。大会エンブレムが入った様々なグッズや歴代大会の優勝選手の写真・データ、そして、レース会場である風凪星に関連するものなどを扱っている。


ヤヨイ「あ!こんなところにいた。アイちゃん、早く宇宙船(ふね)に戻って準備しないと」

アイ「ヤヨイちゃん、ほら!」


 アイは抱えていた紙の本をヤヨイに見せた。紙に変わる極薄端末である「電紙」が開発されてからというもの、質量と重量のせいで、ある程度の情報量ですぐにかさばる紙の本は、この宇宙ではそこまで数は多くない。


ヤヨイ「星座の本?」



 ヤヨイはアイが向けた本の表紙に書かれている写真を見た。蒼と紺が混じる背景に、白い点と線が不規則に繋がって、幾何学的な形を表している。輝きの強さで恒星を一等星から三等星までまとめ、その星と星を線で直線上に結んである形に見立てる星座は、その星の配置を肉眼で確認するために昔は良く使われていたらしい。もっとも、今となっては電子コンパスや空間アナライザーで瞬時に自分の座標が解るので、自分の出身惑星でも、星座を覚える人は少ない。


アイ「だって星座の本って、その星でないと売ってないんだよ」


 星が違えば見える星の大きさと間隔も変わる。その星によって恒星と恒星を繋ぐ見えない線で形作られた星座たちは、呼び方・見方が異なる。アイは自慢気に本を掲げてヤヨイに見せた後、本に描かれた見慣れない星の輝きに目を輝かせた。







・・・・・・・・・・・・・・





 風凪星中継ステーション近傍に、前跳躍(プレドライブ)現象が観測される。超高速機関を備えた宇宙船は、今や全ての宇宙船の標準装備となっている。跳躍時に上げた出力で超空間に干渉。狙った座標へジャンプする。前跳躍現象の後、跳躍時のエネルギーを周囲に拡散させながら、そのエネルギー煌めく眩い光の中で海賊船弁天丸は通常空間に無事復帰した。



 保険会社を通して弁天丸に依頼されたのは、ネビュラカップのレース妨害への警備だった。白鳳女学院ヨット部としてレース参加するつもりでもあった茉莉香は、レースと警備を同時に熟すつもりで依頼を快諾。だが、ケイン考案のヨット選抜で、結局茉莉香はレースに出場する事はなくなった。おかげで海賊の仕事に集中できるのでこれといった不足は無い。
白鳳女学院の制服の上から海賊服を着た茉莉香は、先に到着していたケインに合流した後、関係者通用口から運営委員長のいる中央管理室に向かった。


 管理室内はレース開始直前で人の出入りも慌ただしく、委員皆が殺気立っていた。中でも中央の立体パネルの表示を仁王立ちで睨んでいる運営委員長に尻込みしつつ、茉莉香は後ろから声をかける。


「第6班配置完了」
「救護班は?」
「27名の配置完了します。」
「増援3人、後から行くわよ」


茉莉香「あの〜?」


「16ブロック遅れているわよ!観測ゾンデを定位置に!」
「進行状況…97.3%」





茉莉香「ハロルド・ロイド保険組合に紹介されて、警備の依頼で来ましたぁ〜。弁天丸の船長なんですけどぉ〜……」


「北半球に低気圧成長中!!」
「そのサイズなら無視していい!」


 次々に送られてくる報告に対応するのに集中しているのか、後ろから声をかける茉莉香には振り向かない。


茉莉香「警備用の備品でひとつお願いがあってですねぇ…。」


「この5年間の努力を、無にするものですか!」


 誰に言うでもなく委員長は握り拳を作って一人唸っている。茉莉香の言葉は耳に入っていない。仕方なく声のトーンを最大限上げて、何気ない様子で語りかけた。


茉莉香「ディンギー、借りていきますね〜」


「終わったら所定の位置へ戻しておいて頂戴」


茉莉香「はぁ〜〜い。お邪魔しましたぁ〜〜」


「……あれ?」


 委員長が振り向いた時には、そこにいたハズの人影はなかった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・



茉莉香「だってぇ〜まともに話ができる雰囲気じゃなかったんだも〜ん」

ケイン「しかし、警備のため船長が自ら飛ばなくてもいいだろ?」


 予備のディンギーのスタートゲートで専用のパイロットスーツに着替えた茉莉香は、発進準備を整えていた。既にケインが先にディンギーをスタンバイしている。


茉莉香「弁天丸が大気圏内に降りられないんじゃ、しょうがないじゃない。」

ケイン「そりゃ宇宙船だからなぁ……。」


 多くの場合、宇宙船は星と星とを行き来するために作られている。いかに巨大なものでも、いかに小さなものでも、星から星へ、人を運ぶのはどんな宇宙船でも変わらない。弁天丸は元々旧式の機動巡洋艦である。宇宙船によっては、直接地上と宇宙を行き来し、さらに星から星へ飛べるものもあるが、大気圏の往来は宇宙船に大きく負担をかけるため、地上から宇宙へ行くシャトルと、星から星へ行く宇宙は乗り継ぐのが普通である。
 地上と宇宙空間を常に行き来するように想定された装備は今の弁天丸には無い。惑星の重力に逆らって航行するには相応の推進と慣性制御が必要だが、無重力で外部から力がかからない宇宙と、重力に引かれながら飛ぶ地上では、推進機関の使い方は全く違う。普通の宇宙船はそこで反重力機関による船体にかかる重力軽減を図るが、何分ディンギーレースのコース周辺で迂闊に使う訳にもいかない。



茉莉香「軌道からの望遠観測だけじゃ限界があるわよ。コースの内側からも見張った方が、確実でしょ?」

ケイン「そりゃあそうだが気をつけろ。さっき怪しい奴を見かけた。」


 着替えた時にロッカーにしまわずに持ってきた海賊帽を被って、茉莉香は部屋を出るケインに言った。


茉莉香「判った。弁天丸の方はお願いね。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・




『レース開始まで180。出場者の皆さんはコクピットを閉じてスタンバイしてください。』


アイ「ヤヨイちゃん、預かっておいて」


 アイは星座表を閉じてコクピットからヤヨイに渡す。最終チェックまで問題無く準備が整ったディンギーには、既にナタリアとグリュンヒルデもコクピットに着いている。真剣な面持ちで見据えるグリュンヒルデと目を閉じたままナタリアは優勝するぞ、と自分に喝を入れていた。


ヤヨイ「じゃあ頑張ってね。」


アイ「うん!」


 微重力下で投げ出された本は、そのままの勢いで等速にヤヨイの左手に収まる。そうしてゆっくりとコクピットが閉じて一瞬船内が真っ暗になった後、様々なモニターの光を受けてアイは操縦桿を握った。


 “どんな空だろう・・・。”



 狭いコクピットで一人。部活のシュミレータで何度も体験しているハズなのに、なぜだか心が落ち着かない茉莉香。体を持ち上げて再度コクピットに深く座った時、見慣れないコクピットに見慣れた光景が重なった。


 正面にカラフルな中世の上着を羽織った操舵手、右には白衣のアドバイザーとぬいぐるみマニアな機関士。その奥には調べ物のエキスパート。左には機械だらけの頼れる戦闘員と、間食大好きな情報部員、そして一番奥にはちょっと変わった航法士。


茉莉香「そっか……いつもはみんないるもんな。」


 茉莉香にとって宇宙と飛ぶという事は、信頼できる仲間達と目的地を同じにする事だった。それがもう当たり前になっていて、一人でこうしている事が逆に遠く忘れていたように感じた。


 コクピットでは周辺空間の座標から環境アナライザーから送られてくる状況、目標の惑星の詳細な観測データがいくつも表示されている。その中のひとつに、風凪星中継ステーションの来賓が募るパーティ会場で、開幕式の様子が映っていた。



『ではスタートの合図はセレニティ星王家第七皇女グリューエル・セレニティ様にお願い致します』



 会場のステージから伸びる赤い絨毯の先にある扉が、スポットライトを浴びて開いた。いつの間に準備をしていたのか、茉莉香と初めて会った時の姿の密航プリンセスは、優雅な社交的笑顔を周囲に振りまきながら、呼びかける観衆の中を絨毯の道に沿って歩いた。



『今回のレースには妹分であるグリュンヒルデ様も出場されるという事で来賓され……』



リン「どうりで姿が見えないと思った…」


 選手サポート用のモニタリング席で開幕式を見ていたリンがその様子を見て納得した。



『それでは、お願いします。』


 グリューエルの右手に金色に装飾された小型のピストルが握られる。それを合図に、中継ステーションの外枠のハッチが一斉に開いてそれぞれのチームのディンギーを宇宙空間に誘導する。


 コクピットモニターが惑星の姿をそのまま生で映し出すと同時に、レースのコースマップがモニターに表示される。


ナタリア「やっと来た!」


ヤヨイ「これ…ディンギーの推進剤じゃ、全然足りませんよね?」


 送られてきたコースマップは、想定していたものより数段高い難易度のものだった。惑星内の海面を大きく旋回しながらのコースはそのままディンギーの推進力だけで飛ぶには到底無理のあるコースだった。求められるのは、必要最低限の推進でいかに風に乗ってディンギーを飛ばすか、風を読んで飛ぶディンギーの特性を踏まえた難関コースであった。



アイ「風に乗り損なえば、確実にリタイアだ…」


 各ディンギーは専用レーンに繋がったまま、中継ステーションからゆっくり前に出る。レーンにはまだ固定されたままなので、どのディンギーも同じ速度でスタートラインに着いている。


『3』



 レーンがめいっぱい伸びて停止した後、今度は惑星表面に向けてディンギーがゆっくり直角に90度、風凪星へその機首を向ける。ちょうど中継ステーションの真下に向かって垂直落下をするような形になる。


『2』


 それぞれの優勝への想いを募らせ、まっすぐヨットは空を目指す。


『1』


 モニターを見ればグリューエルが、ピストルを上に掲げて破裂音を上げたのが見えただろうが、そんな余裕を見せている選手は恐らくいなかっただろう。



 スタートの合図で一斉にディンギーはレーンから外れ、まっすぐに風凪星へ降下の姿勢を取ったまま発進した。一列に並ぶディンギーがまっすぐに降下する様は、滝の水が一気に降るような姿に見える。



“いま、行くからね”


 敵も味方も、敗北も勝利も気にせずに、アイは心地よい空の風に想いを馳せて操縦桿を握った。




・・・・・・・・・・・・・




「これは私の責任です!!」


 そういって副委員長の手を払いのける運営委員長。弁天丸の船長がかの白鳳女学院の加藤茉莉香だと知り、さらにディンギーを使ってレースに一緒に参加しているのを聞いた委員長は、いても立ってもいられずに急遽パイロットスーツに身を包んで予備のディンギーに火を入れた。


「白鳳女学院、今度は一体何を企んでいるというの……」



 丸みを帯びた星の外径が徐々に視界に入りきらなくなっていく。それと共に、光学カメラで投影された風凪星の、表面に流れる緑や青や黄色の大気がはっきり見えてくる。徐々に惑星の引力に引っ張られる力が大きくなっていくのを感じながら、茉莉香はディンギーの機体を滑るように飛ばした。









 スタート直後は並走していたディンギーだが、惑星表面を流れる大気圧密度はその座標によって異なる。風を受け、推進力を最低限に抑えて飛ぶディンギーは特にその影響が色濃く出る。中継ステーションが徐々に遠くなるにつれて、スタートした機体もバラけてそれぞれ思い思いの位置でコースを進む。


 大気圏に突入する際は、速度を一定まで落とす必要があるため、ディンギーは惑星表面に平行になるように船体を向ける。そうする事で惑星に対する投影面積が最大になり、大気への空気抵抗から速度は必然的に減速する。一度この体勢に入ってしまえば、大気圏を抜けるまで維持する事になるので、しばらくは順位の変動も起こらない。ここで差を付けるとすれば、突入時または離脱時に機体の転換のタイミングを限界までずらす事だが、そこまでの危険行為は大会では禁止されている。


 だが、そんな中でただ一機、突入体勢をろくに取らずに爆走している機体があった。


茉莉香「さっすが公式大会。みんな上手い……。着いていくだけで大変だ」


 爆走するディンギーに反応したのは、茉莉香のディンギーだった。


茉莉香「え!? そんな、後ろから――――?」


「そこの海賊、待ちなさーーーーーい!!」


茉莉香「えええええええええ!?」


 爆走ディンギーは猛スピードで茉莉香のディンギーを追い抜き、その手前でようやく突入体勢をとった。


茉莉香「ちょ、ちょっと! 委員長さんですか!? その速度で大丈夫ですか?」

「貴方たちの企みは絶対阻止します!!観念しなさい!!」

茉莉香「え!? 何……ちょ、うわああああ!!」


 茉莉香のディンギーに衝突しかねない勢いで、委員長のディンギーはモーレツに茉莉香を追い回す。




ミーサ「何やってんのかしら?これ。」


 弁天丸のモニターでは既に茉莉香のディンギーはマークしてある。突然運営委員長に襲われている様子を見て、首を傾げるミーサ。






・・・・・・・・・



 大気圏内に入ると、風凪星はその姿を露にする。

 帯状に伸びる雲が風の流れ道を示すように上空にあちこち伸びている。地上は一面海に覆われ、太陽が遠くの水平線に少しずつ欠けながら沈んでいく。


 第一課題であった大気圏突破は、ヨット部のシミュレーションでは日常茶飯事の事。大気圏を高速で降下する際の摩擦熱に覆われたヨットは、大気圏を抜けると同時に投影面積を調整してその翼を海へと走らせた。



 漂う雲より低く、海の青さを間近で体感しながら、ディンギーの一団は文字通り空飛ぶヨットとして風凪星の海洋上空を飛んで行く。


“この星…風が濃い…!”


 流れる気流をモニターの数値で読み取ったアイは、操縦桿を傾けた。



ナタリア「よし、チェックポイント見っけ!」



 ナタリアのディンギーは一番に、大会側で設定したチェックポイントに進路をとった。海洋の風をうまく読み取って、それぞれのディンギーはチェックポイント目指して旋回を開始する。




・・・・・・・・




 一方、風凪星軌道衛生上に警備に当たっている弁天丸は、惑星上空の突発現象を感知していた。


クーリエ「通常通信とレーダーに強烈なノイズ。超空間にまで影響が出てる―――。」


 たたたん、とアラームが鳴る端末を叩いて観測結果を報告するクーリエ。現在、弁天丸は発進せずに、軌道衛星上に出力落として観測を行なっている。ミーサや三代目もレーダー/センサー席で百眼と一緒にレースの状況を伺っている。


百眼「主星からの電子嵐だ。コロラドマスエジェクション到達!強いぞ――――。」

ミーサ「太陽フレア!?こんな時に―――。」



 莫大なエネルギーを光として周辺惑星に放っている恒星を、その銀河では一律太陽と呼ぶ。風凪星も太陽恒星からの光が届いているので、当然そのエネルギーを受けている。特に大きいエネルギーの波が来た時にそれを太陽フレアと呼ぶ。



茉莉香「え!! 何これ……」


 委員長のディンギーに追い回されているうちに茉莉香は操縦桿が突然固くなって動かなくなったのに気づく。細かい小回りは操縦桿の方向転換によって決まるが、バランスを保てるだけでろくに操作が利かなかった。



リン「だめだ、電磁嵐で使えない!」


 ナビゲートとして中継ステーションに待機しているリン達だが、通常通信から何から電磁嵐は回線を潰してしまうので、連絡が取れない。


リリィ「これじゃあまともに飛べないですよ」

ヤヨイ「アイちゃん……。」


 太陽フレアは文字通り、太陽から吹き上がるエネルギーによって発生する衝撃波の事を指す。時にそれは磁気を纏って電子機器に損害を加え、そのエネルギーによって生み出される嵐は、ディンギーを船体ごと大きく揺らす。


茉莉香「なにこれ、どうなってんの!?」

『何を言っている!これがこの風凪星のもうひとつの姿じゃないの!』


 通常通信はほとんど電磁嵐で潰されているから使い物にはならない。それでも、近距離を飛んでいるディンギーから怒り混じりに怒号が飛んだ。



『6年前、あなた達白鳳によって設定されたコース。再現させて貰ったわ!!』


 吹き荒れる嵐の中、アイは風の抵抗が少ない場所を探しながら最短経路で第一チェックポイントをくぐる。


 風の音がコクピットに打ち付けられるのを感じつつ、通信機が周囲のディンギーの声を流し始めた。


女生徒A『私たちはこの5年間、先輩達にしごかれてきたの!』

女生徒B『かつてこの星で受けた屈辱を、この日、この時に返すためにね!!』


グリュンヒルデ「悔しさをバネにして、大会のレベルが上がったというのですか……」



ナタリア「みんな上手いわけだ。」



 かつて、第13回大会で起こった悲劇。設定されたコースよりも何百倍も厳しい吹き荒れたコース。その嵐の中で、何人ものヨット生が心をへし折られた。嵐の風に呑まれた者。吹き荒れる暗雲でコースを見失った者。多くの人間が当時脱落という最悪のシナリオを味合わされた。だからこそ、その無念の意思を受け継いで、ネビュラカップは年々レベルを上げていった。再び現れる、白鳳女学院の罠に負けないように。



『だがもう二度と邪魔はさせません!!』


茉莉香「だから知らないって言って――――!? ストップ、何かいる!」









 茉莉香は光学カメラで映し出された回りの情景に違和感を感じた。黒雲が渦巻く中で、雲の中に影が映ったのだ。


『え―――。』


 レーダー系は太陽フレアの影響でろくに周辺が感知できない。目視でその影を捉えた茉莉香の目の前で、雲の中から武装した中型のシャトルが飛び出してきた。




・・・・・・・・



ケイン「例のディスクカンパニーか…、後手に回っちまった!」


 カフェでヨット部を見張っていた謎のエージェントを、トイレまで連れ出して制裁した体育教師はそのまま弁天丸に向かった。








百眼「遅いぞケイン!」

ケイン「待ち伏せだ!船長が危ない!」





・・・・・・・・



 独立戦争に参加した海賊に発行された私掠船免状は、発着以外の多くの航行法を無視して宇宙を自由に行き来する事ができる。

 宇宙船は、定められた行き先に従っていかに安全に、時にはいかに効率良く目的地へたどり着けるかが第一とされる。その上で全ての宇宙船に不都合が無いように定められた航行法に則って、宇宙船は星から星へと航海するのである。しかし、特例として存在する私掠船免状は、ある一定の海賊行為とそれに準ずる宇宙船の航行が認められている。加藤茉莉香が船長である限り弁天丸にはその公認海賊船として法の外で活動する事ができる。

 ある程度治外法権で宇宙船を動かせる免状は、裏の組織にとってみれば喉から手が出るほど欲しいものでもあった。勿論そのままではその効力を自在に使えるわけではないが、あくまで免状が適用されるのは海賊船とその船長のみである。以上の理由から、加藤茉莉香の身柄を狙う者もいない訳ではない。軍や組織の中には公認されたとはいえ海賊船を良く思わない者も多く、影から狙われる危険性をはらんでいた。


 特に狙いを定めないまま中型シャトルは、コースを飛ぶディンギーの一団に二連式の旧型機関銃を容赦無く連射した。突然の事態に通信回線から悲鳴が上がる。



「発砲!?海賊!?白鳳の仕業ね!!」

茉莉香「違います!私も攻撃されています。みんな逃げて!!」


 それまで同方向を並んでまっすぐ飛んでいたディンギーの一団は、突然のイレギュラーに散り散りに散ってしまった。


ケイン『船長こそ逃げてください!そいつらの狙いは船長、あなたですよ!』

茉莉香「うえええええええええええええ!!」

百眼『海賊免状が羨ましい奴はいくらでもいるって事だ』


 達観したような百眼の声がスピーカから出てきた。


百眼『幸い奴らは出鱈目に撃ってる、どのディンギーに船長が乗ってるか判ってない。今のうちに離脱を――――。』


 しかし、百眼の忠告は逆に茉莉香に火を点けた。サイドスラスターを吹きあげて茉莉香は一気に中型シャトルへ距離を詰める。


茉莉香「ばっか言わないで!」


チアキ「茉莉香!」

茉莉香『チアキちゃん!そっちお願い!』

チアキ「―――!? ……堕とされないでよね!」

茉莉香『――頑張る!!』



 チアキは茉莉香とは反対方向にスラスターを向ける。関係の無いディンギーはチアキが先頭を切って誘導する。


茉莉香「私が狙いなら……」



 茉莉香は操縦の傍らで通信パネルを叩く。敵の通信回線に強制的に割り込んでIDリングから正式な海賊IDを敵のシャトルに送信する。相手のモニター画面には今、弁天丸のシンボルが写っているはずである。


茉莉香「こっちよ!!」


 誘うように相手のシャトルの周辺を旋回しながら一周する。それで敵に十分伝わったらしく、機関銃の連射は茉莉香のディンギーに狙いを定めた。

 敵の右舷前方から捻りをかけてディンギーを旋回させる。減速と加速を繰り返した不規則な動きは、敵の火気監製システムに動きを読まれないようにするためだ。

 それでもすぐ間近で爆音を轟かせてこちらを狙う機関銃の網を紙一重で躱すのが精一杯だった。



 風の動きも無視したデタラメな旋回は、敵の機関銃の反応の上を行くという意味もあるが、ディンギーは風を無視すればすぐにバランスを崩してしまう。操縦桿をめいっぱい傾ける。モニターには、敵の弾幕がすぐ後ろまで迫っているのを伝えている。風の間を縫うように飛ぶために機体は空気抵抗で激しく揺さぶられていた。



茉莉香「く――――。シミュレーションとは全然違う―――! 思ったより…キツイ…!」


 旋回、加速、減速、捻り、今できるあらゆる手段を使って敵の目を欺く。しかし、その動きは同時にパイロットにも大きく負担を強いる事でもあった。急旋回を繰り返す機体の中で、錐揉み状態の茉莉香は、ろくに見えないモニタで敵の位置だけを見据えていた。


 しかし、茉莉香のディンギーシャトルの間にもう一台のディンギーが飛び込んできた。


『ごめんなさい。そこまでしてレースを守ってくれるなんて!』


 通信回線から聞こえたのは、さっきまで怒号振りまいて茉莉香に付き纏っていた運営委員長だった。


茉莉香「え……えぇ。」

『微力ながら、お手伝いさせていただくわ!』

茉莉香「えぇ!?ちょっと待ってください!危ないですって!」



 偶然といえば偶然。茉莉香と委員長は予備のディンギーで飛んできたために同じカラーリングだった。つまり、敵からすればどちらがどちらかわからない。という事だった。

 もちろんそれだけで諦める相手じゃない。どちらが茉莉香か解らないなら、両方落とせば良い。そう思ったのも今までの流れからすれば当然想定できる事態だった。そして、運悪く敵の弾幕を受けたのは委員長の方だった。片翼を失ったまま、黄色のディンギー海上へと枯れた木の葉のようにふわふわ落ちていった。


茉莉香「委員長さん!?」

『あ〜〜れ〜〜〜!!』


 目標が1つに戻ったと判って相手の弾幕は今まで以上に勢いを増した。咄嗟に上空に向けて回避する茉莉香だが、風に乗らないまま無茶な運転をし続けたディンギーのスピードはかなり落ちていた。逃げ場もなくそのまま垂直に操縦桿を切る。




茉莉香「ぐ――――――!!」


 しかし、真上を向いてしまえば引力に引っ張られて減速し、直に落下してしまう。最悪の事態が頭を過ぎったその時――――。



ケイン『船長!』

茉莉香「――――!」



 青く染まった空に、紅の機体が浮かび上がる。大気圏から一直線に降りてきた海賊船は、摩擦熱で真っ赤に輝いている。


茉莉香「弁天丸!!!」


ケイン『船長!中へ!』


 通信回線から切迫した声色のケインの声が聞こえた。


シュニッツァー『むちゃくちゃだケイン!!これは大気圏内を飛ぶようには出来ていない!!』

三代目『緊急出力132%!!サブスラスター異常加熱!!?15分保たないぞ!!』



 海賊船弁天丸は宇宙船である。船内は常に人工重力を敷かれた設計になっておきながら、船体は無重力下での航行に限定されている。元々は大気圏内での航行も可能だった弁天丸の船体は、改造に改造を重ね、宇宙空間に特化した構造になっている。最後に大気圏内を航行した記録はそれこそ独立戦争集結以来数える程である。普通の宇宙空間では、最後尾に備わっている主機ブースターと補機ブースターによって発進する。方向転換の調整は、各部に備え付けられているサイドスラスターの噴射によって弁天丸はその向きを変える事ができる。ただし、この運行方法はあくまで無重力を想定した空間内での話。



 大気圏内を飛行するには、船の質量を考慮し、重力に引かれる力を上回る出力が必要であり、普通の船はそれを真下に前に噴射して上昇する。前にしか進めない弁天丸が大気圏内で飛行するために、ケインはかなりの無茶をした。弁天丸の船体下舷部に配置されているサイドスラスターを最大出力で噴射し、船体を水平に保たせるという荒行をしてみせた。本来機体の安定と方向転換に一瞬噴射させるだけのスラスターを長時間連続で噴出する事は極めて異例の事態である。本来ならここで反重力機関を使って船体にかかる重力の影響を最小限にするのだが、コースの真ん中で反重力機関を使えば、回りを飛んでいるディンギーにも影響が出てしまう。
 普段は滅多に出てこないスラスターの警報を鳴らすブリッジの中央で、ケインは必死に船体のバランスを取っていた。


ケイン『船長!お早くお願いします!!』


 なんとか弁天丸の格納庫にディンギーを乗り付けた茉莉香は、パイロットスーツのままで急いでブリッジに飛び出した。


茉莉香「全く無茶して!大気圏内飛べるなんて聞いてないわよ!」


三代目「飛べるんじゃない!落ちてないだけだ!」


 三代目は今にもオーバーヒートしそうなスラスターを瞬間的に交互に休ませながら、船体が重力に持ってかれないように蒸している。


茉莉香「でも助かったわ、みんなありがとう!よーし、さっさと片付けるわよ!!」


「「「「「了解!!!!」」」」」




 しかし、機体を安定させるので精一杯の弁天丸に対し、相手は大気圏内を自由に飛び回れる中継シャトル。サブスラスターのおかげで常に斜め前方に上昇をしているだけの弁天丸では宇宙空間でお得意の細かい動きはここではできそうにない。シャトルは弁天丸より上空へ上がり、真上から弁天丸を狙う。

 小刻みに装甲に何かがぶつかるような音が船体を揺さぶる。


茉莉香「何されてるの? これ」

シュニッツァー「機銃だ、小口径の物質弾」

百眼「アナグロ〜。腐っても宇宙船、デブリ衝突が前提だぞこっちは…」

茉莉香「反撃よ!主砲用意!!」


 弁天丸に依頼された内容はレースの警備。今、レースに害を為す者がいる以上、雇われた身である弁天丸は、全力で排除するのが仕事である。


クーリエ「だあめ!ここの大気は濃いの。そんな出力の光学兵器なんて撃ったら、空気が一気に膨張して、目の前でぼん!よ」


茉莉香「えーっと…じゃあ…」


三代目「第二アンテナプレート1枚破損!ヤバイ、けっこう威力ある!スラスターに当たったら落ちるぞ!!」


百眼「やっべぇなー。どうする?」

茉莉香「どうって……」


 百眼が解析したデータを船長席に写す。茉莉香はそれにちらっと目を通した後、大気圏、主砲、のキーワードから少し前に自分達が遭遇した怪現象の事を思い出した。


茉莉香「そうだ!この間の“アレ”よ!」

シュニッツァー「……そうか!」

クーリエ「そうね。“アレ”ならこの近距離でもドつける!」

ケイン「アレ?アレってドレです?」

茉莉香「こら、とぼけないの!」

ケイン「え?」


 みんなの会話の内容が読み取れずにケインは舵を握りつつ戸惑う。アレとは、海明星でのネビュラカップへの出場選手選抜を決めるためにケインが弁天丸に頼んで津波のアクシデントを起こさせたあの主砲からの空砲である。



茉莉香「シュニッツァー!アレ用意!」

シュニッツァー「やってる。」

ケイン「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 やっと話が読めたケインは急いで茉莉香を止める。


ケイン「いくら何でも軸線に乗りません!大気圏内でスラスターめいっぱい使ってる状態です。素早い開頭は不可能です!やっても相手の方が早くて狙えません!況してや自分から軸線に乗る馬鹿はいません。」


三代目「ダメだ!スラスターがイカれる!!?」

『弁天丸より緊急!こちらホシミヤです!』


 いつの間にか弁天丸の後方を飛行していたのは、アイのディンギーだった。弁天丸への通信を呼びかけている。


茉莉香「アイちゃん!!?」


アイ『コーチ!8秒後、南東からまっすぐの風が来ます。基準より面舵6!ビッチプラス2度で!』



 生徒の冷静な呼びかけに、素直にケインは舵を切る。共に同じ舵を握った者同士、その扱いは既に立派な操舵手―――。


 後方から吹き荒ぶ風は、予め傾けておいた弁天丸の船体を持ち上げて上昇させた。反対に風に巻き込まれる形となったシャトルは、弁天丸の目の前まで高度を下げる。



シュニッツァー「ケイン!軸線に乗る。やれるぞ、安定させろ!」

ケイン「おう!」


 前方軸線に吸い込まれるようにシャトルが移動する。


茉莉香「撃てええぇい!!」




 急速チャージされたエネルギー波が、実態の無い衝撃波として弁天丸の主砲から繰り出された。破壊的な風を巻き起こしてぶつけられたシャトルは、突風に煽られる木の葉のように、バランスを崩して海上へ落ちていった。


茉莉香「やった!」


クーリエ「目標から射出物体ひとつ!」


 クーリエが即座に報告する。落下していくシャトルから、真上に向かって打ち上げられたそれは、限界まで上がった後、破裂した。



アイ「きゃ!!」


茉莉香「なにこれ!?」

百眼「電磁攻撃だが、弁天丸には大した事無い。イタチの最後っ屁だ」

茉莉香「そう……。――――アイちゃん!」





・・・・・





 厳重にバックアップが何重にも重なってある弁天丸にはダメージは無い。だが、敵が最後に爆発させた電磁波によって弁天丸と並走していたアイのディンギーは、コクピットの観測機能を含めたモニターを全てブラックアウトさせていった。


アイ「コンパスだめ…レーダーも…」


 視界が真っ暗になったコクピットの中で、アイは途切れ途切れに聞こえる茉莉香の声に応答した。


茉莉香『あぁ、良かった。でも、テレメトリには電装系、死んでるって出てるよ?待ってて!今、回収に行くから!』

アイ「だ、だめです!!失格になっちゃいます!!」

茉莉香『え―――でも。』




 アイはそう言って、なんとか動かせるパネルを叩く。コクピットのモニタは完全に使えないので周辺情報を読み取る事はできない。そこでアイは、コクピットのハッチを開いて、生身の体のまま風を受けとめていた。



 一瞬隙間を流れる風が耳を激しく鳴らした後、すぐに視界が夕陽に染まった海に変わる。風の中で自分は確かに、空を飛んでいた。


 惑星、風凪星の太陽が沈む。


アイ「夜の側だ……。」


 次第に赤い輝きは海原の向こうへ沈んでいく。それと共に、頭上には決してモニターに映らない満天の星々の煌きをアイは見つけた。不思議と星空のそれは、点と点が結び合い、本で見た通りの形になる事に気がついた。


アイ「―――――。」


茉莉香『アイちゃん!どうするの?コンパスも何も動かないんじゃ――――。』



アイ「あれがマグロ座、あっちがムラサキ星、かな。その線を伸ばして……北は、向こう! うん、わかります!」


 いつの間にか目の前を過ぎていく風はおだやかだった。星の輝きの下で、静かに揺れる風。


ケイン『天則航法とはやりますね。』

アイ「船乗りの基本です―――! 機械接続のところは動く…。では、行ってきます!!」



 そういってアイはディンギーを北向きに旋回させた。風が彼女に味方してくれるなら、恐れる物は無いだろう。



茉莉香「アイちゃーん!ありがとねー!!」


三代目「船長!もう限界だ!竜骨が悲鳴を上げている!!」



 それで弁天丸も一生に一度の夕陽をバックに飛行するのを取りやめ、大気圏上空目指して進路を取る。



茉莉香「ふー……。」

ミーサ「だいぶ疲れたようね……」

茉莉香「やっぱり私、ディンギーよりこっちの方が性に合ってるわ〜」


百眼「警察には連絡した。ディスクの連中は確保するとさ。」


茉莉香「よし、帰りましょう。」


 座り込んだ椅子から茉莉香は立ち上がる。


ミーサ「帰る?」

茉莉香「うん。宇宙へ帰る!私たちのいるべきところへ!!」


「「「「「了解」」」」」



 それぞれの思いがあって、それぞれの願いがあった。星々の煌きと同じように、どんな人にも風は吹いている。いつか、自分の目指す場所へ、迷わずたどり着けるように。





・・・



 海賊新聞ではまたも弁天丸お手柄の記事。そして、銀河中で定期購読者が多い「OX TIMES」では、今回の第19回ネビュラカップは、ダークホースの勝利と題して、写真に映るネビュラカップの表彰台には優勝トロフィーを抱えるチアキの姿と、準優勝としてちゃっかりトロフィーを掲げるグリュンヒルデが映っていた。


真希「大変だったねぇ…」

グリュンヒルデ「でも楽しかったですわ」

ヤヨイ「委員長さんからも、感謝のメールが来たんでしょ?」

「あの人元気過ぎ!」


アイ「失礼しまーす!」


 今日も白鳳は快晴。爽やかな風が吹き込む。


「先輩!次のレースですけど―――――。」














次々と沈められる海賊船。新たに蠢く陰謀が弁天丸に襲いかかる―――!?





次回「海賊狩り」









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