モーレツ宇宙海賊第二十四話「傷だらけの弁天」
かつての独立戦争時、宗主である星系連合に対抗すべく宇宙海賊が張った、たった一度の共同戦線。その会合の合図である「海賊の歌」は、再び宇宙の海に解き放たれた。道は開かれた、しかしこの絶対の危機を乗り越えられなければ、その果てに待つものを見ることはできない。
果たして……。
「この喧嘩、買ったわ―――。」
『海賊狩り』。その正体は、重力制御で超変則航行が可能となった大型機動戦艦グランド・クロス号であった。軍の艦隊にも匹敵する圧倒的な火力を、たった一隻だけで持ち合わせた新造戦艦は、たう星系空域で活動する私掠船免状を持った海賊船を次々と襲っていた。弁天丸が収集したデータを元に、海賊船バルバルーサの船長ケンジョーは対抗手段として、海賊艦隊の結成を考える。そして茉莉香は、各地に散らばる海賊たちを一箇所に集めるためにその昔使われていた『海賊の歌』を見つける事に成功。かくして海賊の本拠地である『海賊の巣』に向かうのであったが、その道中。グランド・クロス号が弁天丸の行く先に現れ……。
ニコまっくすばりゅーさんより「無限の愛」
激烈、炸裂、強烈、破裂、爆裂、モーレツ宇宙海賊第二十四話「傷だらけの弁天」
大規模な前跳躍現象の後、双頭の巨大な船首が突如渦巻く空間の中から突き出した。そして、そのまま戦艦の本体まで通常空間に復帰した時、戦闘行為の初動である高出力レーダーをグランド・クロス号は弁天丸に当てた。
ブリッジもレーダーの照射を受け戦闘体勢に入る。敵からの強力な妨害電波による電子攻撃で、ブリッジのモニターが波を打って揺れる。
クーリエ「すっごいプレッシャー…。これ敵艦一隻から出てるの?」
こちらも相手の電子戦に対抗してレーダーを照射。直後にアンテナを畳みつつ、敵の弾幕を華麗に躱す。
クーリエ「ごめ〜〜ん、優位に立てない。4:6で来られてるう!」
クーリエがそんな弱気になるという事は、敵がそれだけ強敵である証拠である。旧型のシステムを色々誤魔化して今まで敵と渡り合って来たのは、使い手が一流であるから。とはいっても、一流の使い手同士のやり合いなら、後はシステムが優れている方に武がある。日々財政難が付き物の海賊稼業には、そこだけは手痛い問題でもあった。
茉莉香「敵の攻撃が当たらないだけマシ。現状維持でよろしく!」
クーリエ「りょうかい」
百眼「こんな展開、帝国の第七艦隊のド真ん中に出た時以来か…。よぉーし、戻った。」
茉莉香の知らない昔話をつぶやきながら、百眼が攻撃されたシステムを再復帰させる。
茉莉香「弁天丸は敵艦との距離を保ちつつ、左舷十時の方向へ!!」
ケイン「了解、左舷の方向へ。」
百眼「重力波反応、まだそんなに高くない……。通常航行のまま、弁天丸に接近中!」
ミーサ「どうするつもり?」
副長席でモニターを見ながらミーサが茉莉香に訊いた。
茉莉香「向こうもこっちも一対一。でもあっちの火力は艦隊並、おまけにジグザグ跳んでくる。勝てない勝負はしないのが海賊よ。」
チアキ「逃げるの?この距離だと、すぐ後ろから狙い撃ちされるわよ。」
退避のために超高速跳躍を行うためにはある程度前方に距離を取る必要がある。しかし、跳躍体勢に入るために敵に尻尾を向けたのでは、その途端蜂の巣にされかねない。
茉莉香「――――………。超高速跳躍に移行するために距離を稼ぎます。今のままでは睨み合いのまま……。チャンスは、敵が重力制御で急接近してきた時!」
ルカ「タッチダウン地点はどうするの?」
茉莉香「必要最小限―――。とはいえ、敵に後を尾けられないように…航行ルートを変更。」
ルカ「了解。」
ルカが跳躍準備のために周辺空域のデータと予想されるタッチダウンの座標ポイントを計算して設定する。
シュニッツァー「反撃はどうする?」
茉莉香「敵に勘ぐられないように適当にお願い。最後の最後の分はとっておいて。」
シュニッツァー「了解。」
茉莉香「センサーの方はわかってるわよね?」
百眼「言われなくとも―――。重力波センサー最大だ!」
ミーサ「どう?茉莉香の船長っぷり……。」
ミーサが背中越しチアキに訊いた。どこか誇らしげな笑みを浮かべている。
チアキ「なかなかっぽいじゃない…。生き残ったら褒めてあげるわ――――。」
宇宙船の砲撃戦というのは、実質戦闘の最終手段である。相手のコントロールシステムを制御下に置くために、普通はまず電子戦が行われる。相手のシステムさえ乗っ取れば、その宇宙船を自在に動かす事ができるからだ。ただ、電子戦だけで勝負が付かない場合、その後に砲撃戦が展開される。相手のレーダー・センサーを焼く程度の簡単な攻撃から、相手の宇宙船の装甲を貫通して破壊する目的まで、宇宙船は自前のビーム砲で相手を狙う。
しかし、広い宇宙空間で砲撃が命中する確率はかなり少ない。それだけレーダー・センサーによる計測と相手の解析が必要なのである。相手は当然自分たちの正確な位置を相手に知られないために電子攻撃で位置データなどを誤魔化す。そしてこちらもまた相手に位置を知られまいと電子攻撃を行う。まぐれで砲撃が当たらない限り、この状態がエネルギーの続く限り延々と続くのである。
機動戦艦グランド・クロス号は弁天丸に照準を合わせて、ビーム攻撃を特大サイズのビームキャノンから撃ち出している。その相手の攻撃軌道をクーリエと百眼が読み、ルカとケインが弁天丸の安全な航路を計る。
勝てない敵とは戦わない。弁天丸は超高速跳躍で退避するために、相手の重力制御航行を伺っているが、相手は弁天丸と一定の距離を保ったまま攻撃を続けるだけである。
茉莉香「どうしたの……。来ないの――――?」
茉莉香「来ないのならば誘ってあげましょうか……。進路反転!!弁天丸は尻尾を巻いて逃げます!!」
三代目「えええーーー!!?」
茉莉香「あいつが仕掛けて来なかったら、そのまま最大船速。引き続き超高速跳躍!」
ケイン「仕掛けて来たら?」
茉莉香「さらに進路反転!ジグザグしてきたら、真正面から受け止めましょう。のしかかられる前に蹴り上げる!!」
茉莉香「ケイン、お願いね!」
ケイン「へいへい……。超高速の設定、よろしく頼むぜ」
ルカ「――――。」
ふ、っとルカに目配せするケイン。ルカの目には、ケインの少し跳ねた前髪が映る。
シュニッツァー『主砲はこちらで撃つ。砲手並びに乗員は装甲の厚い区域に移動。巻き込まれる程の撃ち合いだ。迂闊なところにいると風穴が空くぞ』
シュニッツァーが艦内アナウンスで乗組員に指示する。船内の隔壁を全て閉鎖し、乗員は本格的な戦闘に備える。
百眼「重力波センサー、相変わらず目一杯だ」
クーリエ「敵の進路を計算してみる。運任せになったらごめんねえ」
各自持ち場でできる最大限の備えをする。茉莉香がここに来た時よりも、ずっと前から彼ら、彼女らはこうしてきたのだ。
その力量が自分の判断に全て懸かっている。だけどその信頼が、茉莉香にとって何よりの強さでもあった。
茉莉香「弁天丸、行きましょう!!」
・・・
進路180度反転。グランド・クロス号に背を向ける形で、弁天丸は戦線を離脱した。それを待っていたかのように、グランド・クロス号は砲撃を停止し、重力コアを展開する形に変形する。
重力波を司る中央コアが、ふたつの不気味な眼光のように輝く。
百眼「来た!ビッグキャッチの時とおんなじだ。最大になって7秒後に……来る!!」
それは突然。重力波の鮮やかな紫外色を残しながら、その影を繋ぐように、ジグザグにグランド・クロス号は移動を始める。その加速は戦闘並であり、その機動は誰にも予想できない。
茉莉香「進路変更!!180度回頭!!」
ケイン「了解!!」
ケインが舵を目一杯回す。それに合わせて弁天丸がサイドスラスターを吹き上げ、船の進路をまた正反対の方向に戻す。
クーリエ「前回のデータ通りなら、弁天丸の距離まで後15秒で来るわ!」
機動戦艦はそのまま、弁天丸が退避するハズだった場所まで重力制御で移動するが、弁天丸は既に進路を反転していて空振り。という筋書きであったが、現実は茉莉香の予想を上回った。
茉莉香「敵に上を取らせるな!!」
ケイン「やるだけやってみる!!!」
ケインが舵を下げられるだけ自分の体に引き寄せた。真下にスラスターを全開で吹き出した弁天丸は、上空空間に向かって上昇した。しかし、そこには既にグランド・クロス号が弁天丸に照準を合わせていた――――。
最初から敵は回り込む気など無かったのだ。一気に真上に移動してどの包囲からでも狙えるように重力制御で接近してきたのだ。
茉莉香「攪乱幕、撒けるだけバラ撒け!!!」
ビーム砲による攻撃は、収束されたエネルギーを拡散させる事でその威力を低下させる事ができる。グランド・クロス号と弁天丸の間に放たれたミサイルは、弁天丸を包むように空間中に散らばり、敵のビーム攻撃を拡散させる。しかし、普通の装備を整えた戦艦一隻に、攪乱幕を使っても100%ビーム攻撃を防げるわけではない。それにグランド・クロス号は一隻で艦隊並の攻撃を行なってくる。
三代目「だああ!!エンジン粘ってくれーーー!!」
激しい弾幕が弁天丸に降り注ぐ。先ほどとは違ってグランド・クロス号はその船体を90度前に倒し、船体上部を弁天丸に向けていた。それによって相手の船体上部に備えられている数え切れない程の砲門が一斉に弁天丸に向かって火を吹いた。
前進している弁天丸は、攪乱幕の御恵を半分程度しか受けられない。放射した攪乱幕はその場で停滞し、拡散していくため時間の経過と共に効果は薄れていく。
ブリッジに敵の攻撃が命中する激しい震動が伝わる。
三代目「上部装甲板に被弾!!」
茉莉香「反撃開始!!!出し惜しみは無しよ!!」
シュニッツァー「主砲。発射する。」
激しい弾幕を縫うように、弁天丸の主砲がグランド・クロス号に向けられた。しかし、放たれたビーム弾は敵の分厚い電磁シールドで拡散された。
三代目「弁天丸が穴だらけだーーー!!!?」
機関席で三代目が悲鳴をあげている。船内の被害報告が続々と機関席のモニターに表示されていた。
茉莉香「再加速、一気に離れて!!!」
そのままエンジン全開で、弁天丸は正面のグランド・クロス号に迫る。
ルカ「ぶつかる――――!」
ケイン「ぶつかるかよ!!」
スムーズにケインが舵を回す。それに合わせて微速スラスターを吹き、船体を巧みに操る事で、グランド・クロス号の双頭の船首の間を、綺麗に弁天丸は抜けた。
クーリエ「敵艦、減速してるけど進路はそのまま、弁天丸との距離離れていきます。」
周辺空域の反応を読み取ってクーリエが報告する。
茉莉香「重力波は?」
百眼「反応微弱…。もう大丈夫だ」
百眼のその言葉の後、ブリッジに安堵の息が漏れる。それでさっきまでの緊張感が解けたようにみんなそれぞれの背もたれに寄りかかった。
茉莉香「ダメージは?跳躍できそう?」
三代目「破損箇所は……とりあえず処理中。完了次第一回だけなら、なんとか跳べるけど……。」
茉莉香「わかった。超高速跳躍準備!」
茉莉香もようやく肩の力を抜いて、席にもたれ掛かる。
シュニッツァー「今まで以上の、文字通りな超接近戦だったな。」
百眼「広い宇宙ですれ違い……。全然色っぽくねぇ……。イカレてるぜ」
ケイン「へへ、ナイス俺。」
茉莉香は、戦闘が終わってどっと溢れる疲労感を感じながら、横のオブザーバー席にいるチアキを見た。
茉莉香「――――褒めてくれる?」
茉莉香は、さきほどの戦闘中のチアキとミーサの会話を思い出して訊いた。
チアキ「ふん―――。まあね。」
チアキは顔を背けて一言そう言い放った。
・・・
船内火災を全て沈下させ、穴が空いた区画を完全封鎖した後、弁天丸は超高速跳躍に入り、グランド・クロス号から逃れる形でその空間を離脱した。
クーリエ「通信きましたあ。宇宙海賊船バルバルーサ」
チアキ「親父――!」
茉莉香「繋いで」
クーリエがたたん、と操作して、メインモニターに黒髭船長を映し出す。
ケンジョー『来たなぁ、キャプテン・マリカ。弁天丸、随分やられたみたいだな』
茉莉香「えぇ。ちょっとだけ」
茉莉香の返事に笑みを浮かべた後、ケンジョーは茉莉香の横にいたチアキに目を向けた。
ケンジョー『どうだぁチアキ?だ―い好きなキャプテンとの旅は、楽しかったか?』
ケンジョーの言葉に顔を真っ赤にして抗議するチアキ。
茉莉香「そこが『海賊の巣』、なんですね?」
ケンジョー『あぁ、そうだ。』
海賊の歌を頼りにたどり着いたその場所は、小惑星帯の中だった。ケンジョーに案内され、弁天丸が向かった海賊の巣は中規模な小惑星の姿をしていた。その正体は、内部に建設された基地を持つ、人工天体である。との事だった。
百眼『おー。これは随分派手にやられたなあー』
三代目『感心してる場合じゃないでしょ』
弁天丸の修理は、近傍に停泊させてある宇宙船の修理船「修理あんしん号」で行われた。本格的なステーションのドッグに比べると船体を直接宇宙空間でドッキングさせたままの修理は、作業員が全員宇宙服を着る必要があるため手間がかかるが、それでも海賊船の扱いに長けた整備員達の手によって効率良く修繕されている。
百眼『せっかくだから、直しついでにパワーアップと行こうか。けっこう最近稼いでるからな』
三代目『あぁ、それについてはさっき船長からメモが』
百眼『あぁ?』
宇宙服越しに三代目がぽちっと端末を操作して、百眼に茉莉香のメモを転送する。メモには第一フェーズから第五フェーズまでの作業の流れ、それに合わせたパターンとざっくりとした概要。参考資料と自画(?)まで描かれたものだった。(おそらく中の人の手描きだろう)
百眼『へー。なるほど、そう来たか―――。ったく、面白い事考えるぜ。うちの船長はよ』
三代目『あ?』
百眼『よし乗った!外回りにも、こいつを送ってやんな』
三代目『外回りねぇ……』
海賊の巣と言っても今まで無人だったわけではない。各地から集められた海賊未満のゴロツキがこぞって絶好の隠れ家としてちょっとした社会を築いていた。だから巣の中は歴戦の海賊に合わせて建造された豪華な施設がそのままの姿で残されていた。また、ステーションのダウンタウンでは、曰くありげな商品などを多く取り扱っている少々物騒なところまである。
そんなダウンタウンを歩く女がいた。ピンクのミニのパンツに、黒地のシャツとペンダントが胸を異様に強調している。さらりと流れる金色の髪は腰まで伸びて、その女の美貌を一層際立てていた。
道行く男達は、その美貌に目を釘付けにされたり、口笛を吹いたり、その場の全員が美女に見蕩れていた。
???「あなたに聞けばこの界隈の業者や工場が良く判ると訊きました。宇宙船を一隻修理したいの。いろいろ紹介してくださる?」
受付をしていた男は見慣れない格好の女にたじろいだ。恐らくこの界隈でも滅多に見ない女だったのだろう。
男「あ、あぁ。しかし、けっこう高くつくぜ?」
???「それは仕方ないわねぇ…。うちはオーダーメイドの海賊船だし」
文句の付けようのない整った顔に澄ました表情を合わせて、女はゆっくりとその金色の髪をかきあげた。その拍子に、琴を持った紅色のドクロが耳に付いていたイヤリングの中で光った。
男「あ――――、あんた。まさか弁天……!?」
男が動揺する。
???「ふうん、目ざといわね。それならけっこう期待できるかしら?」
女は上げた髪を撫で下ろして澄ました顔で最後にこう付け加えた。
一人の人物から、ふたつの声が聞こえたような気がした。
・・・・・
百眼『あん?なんだぁ?』
百眼は宇宙服の通信コンソールを叩いた。発信相手はミーサからだ。
ミーサ『ちょっと医務室に来て。』
百眼『あぁ、ちょっと待ってくれ。』
そう言って百眼は、別の通信チャンネルを開く。
百眼『クーリエ、きてるか?』
クーリエ「うん、きてるきてる。認識した。」
百眼『よぅし、後は三代目に任せるから、アップデートの準備をしといてくれ』
クーリエ「了解。」
クーリエ、と呼ばれたその女性はさきほどのダウンタウンの美女だった。
ケイン「しかしもったいねぇなー。いつもその格好でいれば良いのに。」
クーリエ「い・や!絶対嫌!」
外回り。ゴロツキの多いダウンタウンでは、初対面でも色々と優遇される女性の方が何かと契約・交渉には向いている。しかし、茉莉香は海賊会議の準備、ミーサは何やら考え事があるとかで、珍しくインドアなクーリエが、外回りとして駆り出されたのだ。
ドテラにビン底メガネにスリッパ。お菓子の山に囲まれてコンソールに着いているいつもの通信士とは打って変わって、色々と本気のクーリエがそこにいた。
ケイン「それにしてもやけに通信系いじってねぇか?百眼のプランかい?」
クーリエ「ううん。これは船長のオーダー。それが取れちゃうと艦隊の士気も取れちゃうねー。おんもしろそお」
ケイン「ふーーーん。」
・・・
ルカ「ドクター、ルカだけど。」
ルカは、ミーサの医務室に来ていた。
ミーサ「珍しいわね……。入って」
医務室の扉から紫の民族衣装を連装させるドレスを着込んだ眼帯の航法士が部屋に入る。
ルカ「ケインの事で、ちょっと。」
ミーサ「………。」
ミーサのコンソールには、体育教師の時のケインの画像が表示されていた。
・・・
茉莉香は、チアキと共にケンジョーと部屋に着いていた。空港の親父さんの部屋に良く似ている。
ケンジョー「お前さんのおかげで、海賊の歌は世に放たれた。今ここに集まっている海賊船は、俺のバルバルーサ、お前さんの弁天丸、カチュアのビラコーチャ、ウィザースプーンのエルサント、その他、数多くの海賊船がこの『海賊の巣』を目指している。」
ケンジョーがそう言い終わった時、そのタイミングを見計らったように、バルバルーサの乗組員がケンジョーに耳打ちする。
茉莉香「……。」
チアキ「……。」
ケンジョー「ジョンのサザンアイランドがやられた。」
茉莉香「―――!」
ケンジョー「この他にも沈められた船はいくつかあるようだ。最悪、十隻集まらないかもしれねぇ。」
茉莉香「……。」
茉莉香は何か言いようの無い責任感を感じていた。自分が海賊の歌を呼び起こしてしまったから、彼らはその道中を狙われたのではないだろうか。
ケンジョー「ま、しょうがねぇさ。進路を『海賊の巣』に向けたところで、それはそいつの責任だ。誰も恨んじゃいないよ。」
そんな茉莉香の心中を察したのか、ケンジョーがフォローする。
ケンジョー「奴らが全員揃うのは、後三日はかかる。その隙に弁天丸の修理を済ませればいい。やることはたくさんあるだろ?」
茉莉香「そうですね……。」
その時、部屋の扉が開いて、男が入ってきた。男、というより老人に近い。
「そろそろいいかい?」
赤く袖の長い服を着込んだ老人が言った。手には調理器具のオタマを持っている。
部屋の雰囲気、海賊会議、料理人、おやっさん。茉莉香は色々な要素が似ていると直感した。
茉莉香「え…、え!……えええ!?」
おやっさん「弟からあんたの事は聞いてるよ。なかなかいい線いってるそうじゃないか。」
茉莉香「弟!?あの親父さんの!?」
おやっさん「兄じゃよ。わしらは5人兄弟でな、それぞれ店を構えとる。」
茉莉香「チェーン店!!」
おやっさん「ハハ。そんなもんかな。んじゃ、とびっきりの料理を持ってくるぞい」
そう言うなり、おやっさんと呼ばれた老人は厨房に戻っていった。
ケンジョー「おやっさんの飯はうめぇぞ。さすが伝説の料理人の息子だ」
茉莉香「おやっさんに…親父さん…?」
・・・・・・
茉莉香「5人兄弟なんだよねー。あとの3人はなんて呼ばれてるんだろ?おいちゃん……おっちゃん……、マスター?」
チアキ「どうでもいいでしょ。そんなこと」
茉莉香「そうだねえー。どうでもいっかー……。美味しかったもんね〜、おやっさんの料理。」
チアキ「どうするつもり?海賊会議。」
茉莉香「ま、なるようになるよ!」
茉莉香は、振り返って後ろを歩くチアキに言う。
チアキ「その顔、何か企んでるわね……。歴戦の海賊たちと、どう渡り合うつもり?」
茉莉香「……見守ってて。」
にこっと笑顔を向ける茉莉香。チアキは思わず顔を反らす。
チアキ「じゃ、せいぜい楽しみにしているわ。弁天丸船長加藤茉莉香の海賊っぷり。」
茉莉香「じゃあね。わざわざ送ってくれてありがとう」
そうして茉莉香はチアキと分かれて貴賓ホールに出た。金色銀色に彩られた豪華な装飾された空間には誰もいない。一人静かに自動歩道に乗っていると、自分の他にもう一人、同じ方向に向かっている人を見かけた。
その人は女性だった。とても白く透き通るような肌をしていた。顔は青いアイシャドーとリップでそれに合わせている。短くまとまった銀髪をこちらに向けて、茉莉香は反射的に笑顔を返す。どんな時でも初対面の人には笑顔で。それがお嬢学校を称する白鳳女学院の教えである。
海賊会議に使われる特別貴賓室に茉莉香は向かった。彼女の行き先も同じだった。部屋に入るなり、ふたりは向かい合った。直感でわかった、この人の正体を。
茉莉香「宇宙戦艦グランド・クロス。」
???「正式には機動戦艦グランド・クロス試作α号。艦長のクォーツ・クリスティ」
茉莉香「どこの艦長?銀河帝国?」
クォーツ「どこかの実験戦艦。そういう事にしておいて。」
クォーツは落ち着いた様子で腰に手をお置き、茉莉香に言った。海賊の巣の会議室。そこは彼女にとってみれば、敵の本拠地なハズであるのに。
茉莉香「新兵器――――?」
クォーツ「ノーコメント。」
茉莉香「ふぅん…。」
今度はクォーツが茉莉香を眺める。
クォーツ「なるほど、報告通りね。わざわざやってきた甲斐があったわ。」
茉莉香「――――。」
クォーツ「唯一グランド・クロスから逃れた海賊船、弁天丸の船長加藤茉莉香。」
茉莉香「何で海賊を狙うの?」
出来るだけ冷静に、こちらの考えを読まれないように慎重に茉莉香は問いかける。
クォーツ「なんとなく、良い実験相手――――。貴方、この界隈の海賊をどう思う?」
茉莉香「――――。」
クォーツ「大昔の私掠船免状を細々と更新して、する事といったらこの界隈で宜しく、ショーのような営業をして……。それはもはや海賊ではない。無用のもの」
茉莉香「……。」
クォーツ「無用のものが居なくなっても、誰も困らないでしょう?それだけよ」
茉莉香「私は困るわ、他のみんなだって大弱りよ。」
「だから、戦う。」
クォーツ「ふん。せいぜい戦って、私に沈められるのね―――――。」
言葉を言い終えた時、クォーツはその姿を消していた。いや、正確には姿を景色と同化させたのだ。
茉莉香「ステルス!?」
ステルス迷彩。周囲に溶け込んでしまった以上、その物体を肉眼で感知する事は極めて難しい。クォーツの姿が消えたと同時、待機していたシュニッツァー以下戦闘部隊が上座席から茉莉香の周囲を警護する。
「下か!行くぞ!」
シュニッツァー「サーモセンサーを使え。ステーションの保安部に連絡。」
『了解』
シュニッツァー「大丈夫か?」
茉莉香「……。報告通りって言ってた……。やっぱりいるんだな…。スパイさん」
弁天丸の進路の先を行くグランド・クロス。こちらの戦略の裏をかく戦艦の動き。茉莉香は予感していた予想を、クォーツの言葉で確信に変えた。
シュニッツァー「既に手はうっている。」
結局その時は、姿を消したクォーツを捕らえる事はできなかった。
・・・
・・・
ダウンタウンに行き先も告げずに出て行ったケインを、ルカは追っていた。
ケインは周囲の様子を気にしながら回りを伺い、どんどん人気の無い街の奥へ進んでいく。
ケイン「は〜…。そろそろいいんじゃないか?」
疲れたように肩を上げた後、ケインはそう言って後ろを振り返り、ルカと向き合った。
ルカ「いつから気づいていたの?」
ケイン「最初からだよ。―――ったく、君はバレバレだ。でも、色々解ったよ」
ルカ「ミーサ!」
ケイン「――――!」
ケインの後ろ、ルカと挟むような形で、今度は通路の奥からミーサが腕を組んで出てきた。
ケイン「おいおい何の真似だ?」
ミーサ「なぁんか変だと思ってたの。でもそっちから尻尾を出してくれて助かったわ」
そう言うなり、ミーサは腰のホルスターから、自慢のブラスター銃を構えた。向けた先は……。
ルカ「あ――――……。ナン…デ……。」
額に空いた穴から銃弾の硝煙が上がる。目を赤く光らせ、ショックを受けたようにルカはこちらを見た。
ミーサ「それが証拠よ。額に穴が空いて平気なルカなんてルカじゃないのでしょう?だぁれ、貴方」
途端、ルカは後ろ向きに飛び上がり、その後ろの建物の屋上に着地した。そのジャンプ力は運動神経が無さそうなルカ以前に常人では考えられないレベルである。
ミーサ「最近のアンドロイドは出来が良いのねぇ。あなたね、弁天丸の航路をスパイしていたのは。」
ルカはそのまま屋上からミーサに目掛けて飛び込んでくる。それを狙うミーサだが、小口径のブラスター銃では、致命的なダメージは与えられない。
すかさずケインは、自身のブラスター銃でルカの体の中心を撃ち抜く、腹に風穴を開けられたルカは、そのまま勢いを殺され、そのまま地面に崩れ落ちた。
途端に開けた穴からバチバチとショートした電気を漏らし、派手な電子音が次第に小さくなっていき、アンドロイドは停止した。
ケイン「いつわかったんだ?」
ホルスターに銃を戻しながら、ケインが訊いた。
ミーサ「ルカがあんたの事告げ口した時。」
ケイン「ふうん。」
ミーサ「ルカは仕事以外は我関せず。あんな殊勝なルカは怪しすぎる―――。で、あんた……」
ミーサは今度はケインを睨んだ。そして、物影から百眼がケインに当てた、生態センサーの結果をミーサに伝える。
百眼「IDデータ確認。正真正銘本物のケインだ」
ミーサ「あんたも色々隠してるみたいだけどね。もしそれが弁天丸を陥れるような事だったら――――。」
ケイン「あっはっは。大丈夫、わかってるよ。」
両手を上げて「そりゃ勘弁」とばかりにケインははぐらかした。基本的に弁天丸では、互いの素性を深く詮索するような事はしない。だから、茉莉香は誰がどういた経緯で海賊をやっているのかは実は知らない。
別にプライバシーがどうこうと言うわけではないが、海賊やっている人間の人生なんざろくなもんじゃねぇ…とはどこの誰も一致する見解である。
アホ毛。と言ってはカワイイか。そんなやり取りを遠くから見ている“もう一人のケイン”は静かにその場を去った。
・・・
茉莉香「今どこなの?梨理香さん」
梨理香『あぁ、海のリゾート惑星から、豪華客船に乗り込んだところだよ。宇宙はいいねぇ、星が煌めいて』
海賊をやめてからというもの、地上の管制空港で勤務している梨理香にとって宇宙の景色は久々なものであった。
茉莉香「あーあ。こっちとら船はボロボロ、絶賛修理中だよお……」
梨理香『ま。せいぜい励む事だよ。儲けりゃ豪勢に遊べるしね。』
茉莉香「いやー持ち出し一方なんだけど……。」
思わず茉莉香は用意された船長室のベッドに飛び込む。天井を見つめたまま、どこか遠くにいる母親の姿を考えていた。
梨理香『あ、そうだ。あんたの学校、どうせしばらく欠席が続くんだろ?とりあえず2週間ほど欠席届け出しといたから―――。』
茉莉香『あ!そうだぁ〜忘れてた〜。ありがとう梨理香さん。』
梨理香「しっかり進級できそうなのかい?」
茉莉香『出席日数はギリギリかなぁ……あとは期末試験で挽回する!』
梨理香「そうかい、せいぜい励みなー」
茉莉香『うん、じゃあ、また!』
そう言って茉莉香の通信は切れた。梨理香は手に取って転がしていたシャンパングラスをそっと置いた。
梨理香「はぁ〜〜…。さてと…。」
オブザーバー席から梨理香が振り返る。ただっ広い宇宙船のブリッジの中央でスポットライトを浴びながら鎮座する男は、通称鉄の髭。
そうして梨理香を乗せた戦艦、大宇宙を翔ける大いなる海賊船パラベラム号は目的地である海賊の巣を眼前に確認した。
ニコtakahawkさんよりLOST CHILD TVsize
入れ替わっていたルカ。二人になったケイン。新たなる敵クォーツ。敵と味方。海賊と海賊狩り。因縁・陰謀渦巻く大宇宙で、海賊たちはこの危機をどう乗り越えるのか。そして、茉莉香の企んでいる事とは……。
次回「開催!海賊会議」