亜種特異lll [ 屍山血河舞台 下総国 ] 英霊剣豪七番勝負 【第十五節 最終歌 屍山血河舞台・厭離穢土(急)後編】
その日、彼はある男と契約した。
「儂が誰だかって?いや、名乗るような男じゃねぇよ」
彼はとある日本の英霊だった。いや、確かに有名ではあったが、英霊というほどの逸話はなく、おおよそ戦う力は持ち合わせていなかった。
「そんな中途半端な男なもんだから、聖杯?に縁のある肉体が必要らしい。」
男はぶっきらぼうにそう言った。
「儂は千子村正。こう見えて刀鍛冶だ。」
『そうか。俺はエミヤシロウ。こう見えて、、、、、正義の味方を目指してる。』
彼は若干ためらい気味にそう言った。
「あぁ?なんだそりゃ?正義の味方・・・?」
『なんだそりゃって、、、、傷つくなぁ・・・。』
くすり、と男は笑った。
「あぁ、別に馬鹿にしちゃいねぇよ。いいじゃねぇか正義の味方。儂の生きた時代にはそんなまっすぐな事を言う奴なんかいなかったからよ」
『・・・そりゃどうも。で、俺は何をすればいいんだ?千子村正。俺は魔術の素質はからっきしだし、できることなんて限られてるぞ』
「あぁ、儂も刀以外はからっきしだ。だから刀を打つ。それには、適した肉体が必要だ。あんた、刀作るの得意なんだろ?」
『いや、得意っていうか。刀なんて1から作ったことないけど・・・?』
「それでもいいさ、おめぇさんの体は刀を作るのに長けている。まじないで生み出すのも、己で鉄を打つのも、大元はおんなじだろう。お前さんは、何を思って刀を打つんだい?」
『何ってそりゃ、誰かを守るため、だろ。』
「―――――――。自分じゃなくて、”誰か”か。」
『あれ?俺、変なこと言ったか?』
「いいや合格だ、それじゃあよろしく頼むぜ、エミヤシロウ」
『あぁ、それじゃあよろしく、千子村正』
その男は、生涯を刀を造ることだけに捧げた。
その青年は、生涯で剣を生み出すことだけに鍛錬を積んだ。
一人の刀鍛冶と、一人の青年。
英霊としてはおおよそ力を持たない千子村正というサーヴァントは、ただ、それだけを成すために、ここに召喚された。
天草四郎時貞が解き放った固有結界、島原地獄絵巻。
ここは――――――――。
土の焦げる臭い。
草の焼ける臭い。
木の燃える臭い。
人の―――――、焼ける臭い。
ハハハと笑う天草四郎の声が聞こえる。
それは、空から、山から、大地から。
この世界そのものが、天草士郎という男が持つ、地獄。
<ここからはBGM付きでご覧ください>
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『体は剣で出来ている。』青年の体が、自身の肉体に魔力を通す。
チャキ。
バチバチ、ごうごう燃える世界で、その音はとても透き通っていた。
これは?
村正さん?
「奥の手はねえのかって?阿呆が、んなもん、あるに決まってンだろ。」
千子村正の奥の手・・・、それって!
錬鉄の音がする。
刀の脈動。
そうか、ずっと抜かなかった「もう一刀」。
「かつて求めた究極の一刀。其れは、肉を断ち骨を断つ鋼の刃にあらず、」
錬鉄の英霊。かつて、ある英霊がそう呼ばれた。
刀を生み出すことに長けた魔術師がいた。
聖杯を求めて戦った歴史があった。
「我が業が求めるのは怨恨の清算、縁を切り、定めを切り、業を切る」
『体は剣で出来ている』
「―――――即ち、宿業からの解放なり。」
魔を討つ銘剣は、エミヤシロウという肉体を持って、神の名を持つ本物を再現する。
刀匠の魂・人格と、錬鉄の英霊の肉体。
それこそ、まさにこの場を切り開く、最高の一手――――。
「……其処に至るは数多の研鑽。千の刀、万の刀を象り、築きに築いた刀塚。」
「其処に積もるはあらゆる非業―――――我が人生の全ては、この一振りに至るために。」
「此処に辿るはあらゆる収斂。」
「此処に示すはあらゆる宿願。」
「剣の鼓動、此処にあり―――!」
「受けやがれ、こいつがオレの、都牟刈村正(ツムカリムラマサ)だぁ―――!!!!」
村正が刀を振り下ろす。その炎は、大地を、山を、空を、世界を、両断した。
天草四郎にとっては、まさに天敵だっただろう。
宿業を断ち切る刀、それを振るえる英霊。
そのどちらも揃わない限りは、天草四郎の勝利だった。
そのどちらも揃った時点で、天草四郎は敗北していた。
江戸に害成す妖刀の逸話。エド城となったこの城は、その逸話を持って断ち切られたのだ。
クナイを胸に突き刺したまま、天草四郎の姿をした亡霊は、炎と共に消滅した。
さぁて、辺り一面火の海ですけど?!
はは、と乾いた笑いを1つ残して、千子村正は消滅した。
妖気が消えてる・・・ってことは、村正さんたちがやってくれた!
なにも全部燃やすことなかったのに、とにかく急いで地上へ戻ろう!
あれ、炎の向こうに誰かいる?
辺り一面燃え盛る炎の海。
しかし、確かにそこに、見慣れた男が立っていた。
下への階段に立ちふさがった男。
武蔵ちゃんは無意識に刀を抜いていた。
え、・・・。なんで、ここに?
武蔵ちゃん?様子が・・・?
宮本武蔵の宿命の剣士。
そうか、まさか。
もう城が持たない。
ここに居て自分ができることはない。
それでも。
激しくも静かな剣撃。
両者はまるで、競うように、踊るように、斬り合った。
それは決して命を奪い合うものではなく、
それは決して勝敗に拘るものではなく、
ただ、ただ、
強者と戦いたい。
それだけが、二人を突き動かしていた。
武蔵ちゃん!
――――――新免武蔵!
燕が舞った。
空を自由に飛び回る燕が。
武蔵ちゃん!
しっかり、目を開けて!
声は弱々しく、息も途切れ途切れ。
そもそも彼女はサーヴァントじゃない。こんな無茶な戦闘を繰り返していて、体が保つわけがない。
弱音を言うなんてらしくないよ。早く、ここを出よう。
・・・。
あぁ、全部覚えてるよ。今までも、これからも!
え、ちょ!
がしっと胸ぐらを捕まれ、そのまま力任せに外に向かって―――――――!!!
ええええええ!!!ちょっと!!!
外に投げ飛ばされた!!!??
それが、とても別れの言葉には聞こえなくて
武蔵ちゃん!!!!
武蔵ちゃん!!!!
炎が一層強まる。
城へ戻ろうとしたけど、小太郎に止められた。
それでもその手を振りほどいて城へ行かなきゃいけない。
こんな場所を、彼女の死に場所になんかしちゃいけない!!!
武蔵ちゃん!!!!
炎は城が全て崩れるまで燃え続けた。
城からの生還者は2名。小太郎と自分だけ。
一緒に戦った、あの人達は、もうどこにもいなかった。
こうして、もう一人の宮本武蔵は、無銘の佐々木小次郎を名乗る剣士に看取られて、静かに息を引き取った。