ドキドキ!プリキュア第1話「地球が大ピンチ!残された最後のプリキュア!!」
そこはかつて王国と呼ばれていた平和な土地だった。
「ぐ―――――!!」
しかし、既にその面影はどこにもない。透き通る空はどんよりと濁り、広大な緑は荒れ果てた荒野へ変わった。
『ジコチュー!』
「ハァァーー!!」
誰もいなくなった世界で一人、少女は戦い続けていた。
「ハッ!!」
『ジコーチュー!!』
既に仲間はいない。いや、彼女は始めからずっと一人だったのだ。
「くぅ……ハッ!!?」
『クワ――――!!クワッ!!』
怪物が彼女に襲いかかる。巨大なイカの姿をしたもの。黒い巨人の姿をしたもの。大きな怪鳥の姿をしたもの。
『クワー!!』
「くっ…!」
かつてここには王国があった。国民は皆他人を思いやり、幸せに共存していた平和な世界だった。
「フッ――――ッ!!」
少女は戦う。国民も、姫も消えたこの世界で一人。孤独に戦う。
「あ……。」
少女が見上げた先には、天まで届くほどの大きな山がそびえ立っていた。だがそれは、山ほど大きな顔だった。赤い眼をギラつかせた悪魔のような山。
確かに少女は強かった。それでも、少女は守りきれなかった。その手から、少しずつ少しずつ取り零してしまった。
ソード「何も守れなかった………何も。」
大粒の涙が少女の頬を伝って地面を濡らす。
世界は滅びた。そこは妖精の国、トランプ王国。
ガイド「皆様ご覧下さい。あれが昨年完成したばかりの東京クローバータワー。全高は999m、世界一の高さを誇る電波塔です。」
ガイドの案内を聞きながらタワーを見上げるのは、社会科見学に来ていた大貝中学校の生徒達だった。空まで伸びた電波塔を首を真上に上げて見上げている。
ガイド「それでは、午後2時まで自由行動です。皆さん、遅れないように集合してくださいね。」
「「「「「「はぁーい!」」」」」」
城戸先生「Zzz…Zzz」
ガイド「ん?先生、いいんですか?生徒さんたち、もう出かけちゃいましたよ?」
ガイドが一仕事を終えてバスに戻ると、引率していたハズの教師が一人、アイマスクを付けて堂々と寝ているのに気づいた。
城戸先生「大丈夫、うちにはものすごく頼りになる生徒会長がいますから。」
のんびりと気だるそうにアイマスクを上げてぼんやりした目で教師はガイドに言った。
ガイド「生徒会長?」
第1話「地球が大ピンチ!残された最後のプリキュア!!」
「なにこら!タコこら!」
「なにがこらだタコこら!!」
「会長!!二階堂くんがよその学校の子とケンカしてます!」
「――――!?」
「会長!八嶋さんがバスで酔っちゃったみたい。」
「――――!!」
「会長!三村くんがお財布失くしました。」
「―――――!!!」
「速いっ!」
「全国レベルです。」
クローバータワー入口広場を颯爽と駆け抜ける少女。本作の主人公、生徒会長・相田マナである。
マナ「三村くぅ〜〜ん!!」
三村「えぇ!?」
マナ「落し物、届いてたぞ。よかったね」
にっこり笑ってマナは三村に財布を手渡す。タワー周辺の交番や受付や落し物センターを片っ端から当たって見つけたそうだ。
三村「ありがとぉ〜助かったぁ」
八嶋「んん…」
マナ「バスの中、ちょっと暑かったよね。ここなら空気もいいし、少し休んでようか」
三村に財布を渡してすぐ、マナは体調を崩した八嶋さんを日陰になっているベンチに案内した。手際よくハンカチで八嶋さんの額の汗を拭う。
八嶋「ありがとう…」
マナ「うん♪」
マナ「二階堂くん、ケンカの原因はなに?」
二階堂「コ、コイツらが、いきなりぶつかってきたんだ!」
「お、おまえらの方が」
マナ「ストーーップ!!」
一向に平行線のままの言い合いに、マナは二人の間に割り込んで両手を掲げた。
二階堂「えぇ!?」
マナ「あんたたち、そんな小さいことでいがみ合ってたら、あの世界一大きなクローバータワーに笑われるよ!」
「なんだてめぇは!!」
マナ「えへっ、はじめまして、あたし大貝第一中学生徒会長、相田マナです!」
にっこりと満面の笑みで、マナは他校の男子生徒の手を掴んで自分から握手をした。
「声デケぇ…!」
マナ「手と手を握ればお友達♪よろしくお願いします!」
「お、おう」
そんなマナの笑顔に満更でもない様子で、不意に視線を逸らす男子。
「「「「よろしくお願いしま〜〜す!!」」」」」
「お、お友達♪」
「あっという間に丸く収めちゃったわ。」
「さすが生徒会長!頼りになる〜♪」
「相田さん、今日こそいい返事を聞かせてちょうだい」
「うちの部に力を貸して!!」
社会見学中だと云うのに、マナには部活の勧誘が止まらない。人柄・才能・運動神経、どれをとってもマナはみんなから一目置かれていた。
マナ「うん!いいよ」
「マ〜ナ〜!」
そんなマナの返事を引き止めるように、青髪の少女がマナの両肩を掴んで揺さぶる。
マナ「六花!!」
六花「あなたには生徒会の仕事があるでしょう!」
六花はマナをそのまま誘ってクローバータワー場内へ。ショッピングモールが立ち並ぶ低層階をエスカレーターに乗って移動していた。
六花「あなたって人は、どうしていつもいつもトラブルを背負い込むの?」
マナ「えへへ…」
六花「落し物は会計委員に任せればいいし、車酔いの生徒は保健委員に預ければいいし、ましてはケンカの仲裁なんて、買って出る必要ないでしょう。あなたは生徒会長なんだから、もっとどっしり構えて……って、あれ?…マナ?」
一瞬六花が目を離した次の瞬間には、もうマナの姿は無くなっていた。
十条「相田さんなら、あっちで迷子の面倒見てるけど?」
その子はタワーの中で一緒に買い物していたお母さんとはぐれた女の子だった。マナは膝をついて女の子の目線に合わせながら、オリジナルの手の平のおまじないを女の子に教えてあげていた。
マナ「お姉ちゃんがおまじないを教えてあげる。こうやって手のひらにハートを書きながらお願いしてみて、お母さんが見つかりますように。って」
そういってマナは自分の手の平にハートマークをなぞる。
「はーと?」
マナ「うん、そうすれば...」
「美智子っ!」
マナ「おぉ?」
美智子「ままぁ〜〜、ままぁ〜〜」
おまじないが効いたのか、女の子の母親はすぐに見つかった。
「美智子っ...」
美智子「おねえちゃん、ありがとう」
マナ「うん♪」
まだ目に涙を浮かべながらも、女の子は元気を取り戻した様子で、マナに笑って手を振っていった。
六花「ハァ…マナったら…。どうしてあなたはそんなに他人のお世話ばかり焼くのかしらね」
マナ「だって誰かが喜ぶ顔を見るとこっちも嬉しくなるじゃない?」
六花「マナは愛を振りまきすぎなのよ」
マナ「えへへっ♪」
照れくさそうに言うマナ。六花に言われて悪い気はしない。すると、行き先で人の波を見つけたマナは、その中心に良く知っている顔がいるのに気づいた。
マナ「あぁ〜〜〜〜!!!」
六花「ええっ!?今度はなに!?」
マナ「あれっ!まこピーじゃあない!?」
六花「うん…?だれ?芸能人?」
普段外している赤いフレームの眼鏡をかける六花。マナの指差す方を見ると、人ごみの中で自分たちと同じぐらいの背丈の女の子が人混みの間からチラチラ覗える。
マナ「知らないのぉ、剣崎真琴だよ!!」
『素材の味が生きている。体に嬉しいカフェインゼロ!』
『エースティ、一緒に飲もう♡』
六花「はいはい、最近売り出し中のアイドルね。見たことあるわ」
すぐ横に真琴が映っている「エースティー」の巨大看板広告を見ながら六花は言った。
マナ「あたし初めてだよ!芸能人を生で見るなんて!うっひゃ〜!カワイイー!顔小さいー!」
六花「ちょっとマナ!?」
六花が止める間もなく、マナは人混みに突っ込んでいった。
「前通ります!通して下さい!押さないでっ!」
群がる人混みをかき分けて、マネージャーらしき人が剣崎真琴を引率しながら歩いている。
真琴「あ――――――――!」
その時、激しい人混みを中で剣崎真琴の髪飾りが床に落ちた。マネージャーはそれには気づかず、半ば強引に真琴を引っ張っていく。
マナ「おぉ?」
「さぁ、早く!」
マナ「――――!」
真琴を遠くから見ていたマナだけがその髪飾りに気づいた。小さな髪飾りは地面を跳ねて屈んだマナの手の平にすっぽり収まった。
マナ「えへっ...」
「危ないので押さないで!」
マナ「あ、すみません!!あ、あのぉ!!」
マナが人混みをかき分けて真琴の前に出る。とっさにマネージャーらしき人がそれを止めようとした。
マネージャー「貴方困るわ!サインなら...」
マナ「落し物です」
真琴「え――――――?」
静止しようとしたマネージャーの手をするりと抜けて手を差し出すマナ。少しためらいながらも、真琴はそれが自分の落し物だと気づいてマナの手から受け取った。
真琴「ありがとう...」
マナ「――――――――!」
自分に向けられた感謝の声に感動するマナ。真琴がそんなマナの顔をぼーっと見つめていると、エレベーターの扉が閉まって自分とマネージャーだけの世界になった。
マネージャー「どうしたの真琴?」
真琴「――――――!」
マネージャー「あなたらしくもない」
真琴「ごめんなさい。もう大丈夫」
不思議な子だなと思いながらも、真琴は髪飾りを元の位置に付け直した。
シャルル「きこえたシャル!」
ラケル「ジコチューのやみのこどうケル!」
ランス「こっちのせかいにもジコチューがきてるランスか?」
ラケル「はやくボクたちのキボウのホシを」
シャルル「うん!あたしたちのさいごのキリフダをみつけないと!」
ランス「タイヘンでランス〜〜〜!!」
クローバータワー最頭部。そこは電波塔が電波塔であるためのアンテナになっている鉄塔部。そこに、不思議な生き物が3匹。誰にもわからない会議をしながらふわふわとタワーの下へ降りていった。
マナ「はぁ〜〜、マコピーにありがとうって言われちゃった♪こんなにドキドキしたの生まれて初めて!」
「そこの幸せそうなお嬢さん。」
マナ「うぇ!?」
「君にピッタリのアクセサリーがあるんだけど、見ていかない?」
突然話しかけられてマナは体をびくっとさせた。振り向くと、チューリップハットを被った金髪の青年が爽やかな営業スマイルでマナを見ていた。
マナ「なんだ〜……こんにちは!」
青年はシャツの上からピンクのエプロンを着て、ファンシーな屋台で小物を売っていた。小さな屋台の上にある物をマナはしげしげと見つめる。
マナ「うわぁ〜〜ステキ!!」
豪華な装飾が施された古風な手鏡や、木彫りの梟の置物。どこかの島の妖精にいそうな不思議な人形など、小物というよりは色んな国の骨董品に見える。
マナ「うふっ、―――あっ!」
マナはその中にあったキラリと光るバッジを見つけた。
マナ「カワイイ!」
「お嬢さん、御目が高いね。それは“キュアラビーズ”っていう骨董品なんだ」
マナ「キュアラビーズ?」
骨董品の割には、キュートな名前だな。とマナは思った。
マナ「これ、まこピーが付けてたのと似てる…」
大きさ、形、色。見れば見るほどそれは、さっきマナが拾ったあの髪飾りに似ていた。
マナ「うわぁ!?」
じーっと見つめているとキュアラビーズは光を反射する鑑のように輝きだした。
マナ「うん?あれ?」
一瞬自分がここからとても遠い所にいるような不思議な気分になった。何か、とても大切な何かと繋がったような不思議な感覚。ふと、胸がきゅん―――と高鳴った。
「気に入ってくれたみたいだね。良かったらソレ、もらってくれないかな?」
不自然な位の親しみを込めて、ウィンク混じりに青年は言った。マナは新手のナンパか何かだと直感していた。
マナ「そんなっ!いただけません!タダより高いものは無い!って、おじいちゃんが言ってましたし!」
「物の価値なんて、付ける人しだいで変わるものさ」
青年の言い慣れたような言葉の言い回しにマナは途惑うも、青年はキュアラビーズをマナの制服のリボンに綺麗に合わせてくれた。
マナ「わぁ...」
青年は屋台から鏡をマナに向けて、付けたキュアラビーズをマナにも見えるようにする。リボンの真ん中でキラリと輝くキュアラビーズ。真琴とお揃いになった気がして、マナは悪い気がしなかった。
六花「マ〜〜ナ!」
マナ「六花!」
気づけば六花がこちらに向かってやってくる。マナに追いつくなり六花はマナの腕を掴んでエレベーターホールへ引っ張っていく。
六花「もうどこ行ってたのよ!早くしないと展望台を見る時間がなくなっちゃうよ!」
時計を見ると、集合時間まであと少ししかなかった。
マナ「うん、そうだね。それじゃあ、ありがとうございました。」
ジョー岡田「よろしく……マイスウィートハート――――――――。」
青年、ジョー岡田は誰にも聞こえない声でそう呟いた。
マナ「うわぁ〜〜〜〜〜!!!すっごい行列!」
エレベーターホールは既に展望台に向かうお客で大行列が出来ていた。
六花「マナが勝手にいなくなったりするからよ」
マナ「えへへ……すみませんでした」
六花に引き連れられてマナも列に並ぶ。
二階堂「ちぇ、えらい行列だな」
その列を面倒くさそうに眺めながら、マナのクラスメイトの二階堂と百田が列の最後尾に向かって歩いていた。
百田「展望台登るのに何時間かかるんっすかね」
二階堂「横入りしちまえば待ち時間ゼロだぜ」
カニ歩きの仕草をしながら二階堂は冗談交じりに言った。
マナ「二階堂く〜ん!こっちこっち!お〜い!こっちだよ!」
そんな二人のやりとりを見ていたマナが、大きな声で二人を呼んだ。行列の視線が一瞬だけ自分に集中したのに気づき、たまらず気まずくなって二人はマナの方へとぼとぼ歩いた。
二階堂「並ぼっか…」
マナ「そうそう、みんなと一緒に並んだ分だけ感動が待っているんだからね」
キー、っとクローバータワー正面ゲートに一台のリムジンが止まる。ピンク色に装飾されたボディは、持ち主の趣味だ。
そのリムジンに合わせて、タワーの職員が道を作るように2列になって入口までキレイに整列している。その列の真ん中で、小太りの男がリムジンの主を待っていた。ちなみにここは一般車両は入れない。
運転席から老人が降りてきた。老人、と言っても老いを見せる部分は立派な白髭と白髪の部分だけであり、スラっとしたスタイルをピンと伸ばし、キレイに着こなしたタキシードは決して老いを感じさせなかった。老人はリムジンの主の専属執事だった。
支配人「お待ちしておりました。ありすお嬢様」
執事がゆっくりとリムジンの後部座席を開ける。それに合わせて、支配人は頭を下げた。
ありす「ごきげんよう」
リムジンの主は女の子だった。マナよりも一回り小さい小柄な体で、透き通るような目をしていた。フリルの着いた黄色のカジュアルドレスを着て、髪はくるりと二重の団子にしてまとめ、四葉の髪飾りをしていた。
支配人「只今、最上階展望台へとご案内いたします。―――――あれ?お嬢様!?」
下げていた頭を上げた支配人は、目の前にいたはずの少女がいなくなっていることに気づいた。慌ててエレベーターホールに向かったと聞いて、支配人は血相を変えて走った。
支配人「お嬢様!そのようなところで一体何を!!?」
支配人がエレベーターホールに向かうと、外まで伸びた列の最後尾で、ありすとその執事が行儀よく列に参加しているのが見えた。
ありす「並んでいます。展望台に行きたい人はこうするのがルールなのでしょう?」
まるで列という物に初めて並んだ。とでも言うような言い方で、ありすは支配人に説明した。回りにいる人は、突然現れたセレブオーラの少女と、2m近い清廉な執事に戸惑っている。
支配人「このタワーのオーナーたるあなた様が列に並ぶ必要などございません!!!」
クローバータワーには一般用のエレベーターとは別に、関係者用の特別なエレベーターもある。しかし、ありすは列から離れる素振りはない。
ありす「“並んだ分だけ感動が待っている”。マナちゃんならそう言うと思います。」
支配人「マ、マナちゃん!?」
ありす「わたしの大切なお友達です♪」
マナ「あとちょっとだね」
美智子「あ!さっきのおねえちゃん!」
列もだいぶ進み、マナと六花は大型エレベーターまでもう少しというところまで来ていた。マナはエレベーターに乗り込もうと歩いていたさっきの親子に手を振った。
マナ「美智子ちゃん!いってらっしゃーい!」
美智子「いってきまーす!」
そんなマナの隣の列で、イラ立っている男がいた。
「くっ、何時間並べばいいんだ。行列なんか無視して横入り出来たらいいのになぁ…」
既に男は1時間近く並んでいた。足は若干痺れ、なかなか進まない列にイライラしていた。
「フ――――――――」
「でも、そんな訳にはいかないか…」
『やっちゃえばいいじゃん』
「えっ?だ、誰だ!」
男の耳元で誰かが呟いた。まるで、心の中にいる天使と悪魔の誘惑のようだ。
『遠慮はいらない、心の闇を解き放つんだ』
パチン。幼い少年の声の後に指を鳴らす音がした。途端に、男は自分の内側から体が真っ黒になっていく錯覚に襲われた。
「う、うわああああああああああーーー!!!」
ドックン。一際大きな高鳴りの後で、男の心臓は飛び出した。いや、それは心臓というより真っ黒になった心そのものだった。飛び出した心はコウモリのような翼を生やしてパタパタと中空を飛んでいる。
「うわああああ!!!?」
男はそのままドサリと倒れた。自分の中から何かが飛び出した感覚しかない男は、そこにあった自分の心を見る前に意識を失った。
マナ「うん?」
六花「どうしたの?」
マナ「誰か倒れたみたい!―――――大丈夫ですか!?」
マナが倒れた男に駆け寄る。貧血か何かかと思ったが、男の心臓部分がぽっかりとハート型にくり抜かれているのに気づいた。服の柄じゃない。男の心は、本当にくり抜かれていた。
「いーねぇ、これなら極上の“ジコチュー”が生まれそうだ」
男のそばにはマナ以外に少年が立っていた。冷たい氷のような髪の色、真っ白な肌、黄色い瞳。
マナ「え――――――?」
少年はパタパタと飛んでいる黒い心をその手に抱えている。マナは訳がわからずに、少年のやろうとしていることを見つめていた。
イーラ「暴れろ!お前の心の闇を解き放て!!」
ジコチュー『ジコチューーー!!』
少年が何かをした。それと同時に黒い心は大きく膨れ上がり、やがてそれは巨大カニの怪物になった。
マナ「えぇーーーーー!!?」
ジコチュー『ギョウレツ!ヨコハイリ!!』
4mはあろうかという大きなカニは、そのまま床を削る勢いでカニ歩き、いやカニ走りをしながらエレベーターにまっすぐ向かった。
二階堂「なんじゃあ、ありゃ!?」
六花「ありえないんですけど!!?」
ジコチュー『ヨコハイリ!ヨコハイリ!』
巨大なカニは人の波を無理やりかき分けて突き進む。並んでいたお客はカニに踏み潰されないように必死に逃げ回っている。
イーラ「あははははっ!!もっと暴れろ!!」
少年はふわりと空中に浮かびながらゲラゲラ笑っている。マナ達は途惑いながらその様子を見つめていた。
シャルル「あれは!?」
ランス「ジコチューランス!」
ラケル「おそかったケル!」
すると今度は謎の生物がエレベーターホールに入ってきた。
ありす「うわぁ、大きなカニさん♪セバスチャン、あの子、お家で飼ってもいいかしら?」
セバスチャン「いけません。さぁこちらへ」
係員さん「お待たせいたしました……きゃーー!!」
エレベーターが着くなり、ジコチューと叫ぶカニはその巨大な体をエレベーターに突っ込んだ。
ジコチュー『ジ、ジコチュー!!ウエ!ドケドケドケーーー!!!』
そのままエレベーターを破壊し、まっすぐクローバータワーの展望台に向かって垂直に駆け上がっていく。
マナ「展望台に行くつもり!?――――――美智子ちゃん……。」
マナは嬉しそうにエレベーターで登っていった美智子ちゃんのことを思い出した。このままでは展望台がパニックになる。
マナ「うん!」
色々気になることはあるけれど、今は体を動かす時。マナは非常用階段に走って、一気に駆け上がった。
マナ「美智子ちゃん!はぁ…はぁっ…美智子ちゃんが危ない!!」
ジコチュー『ジコチューーーー!!』
一番上が見えないくらい長い長い階段を、マナはただひたすら登り続ける。そんなマナの後ろを小さなピンクの何かが、ふわふわと追いかけていた。
アナウンス『皆様押し合わず順番に景色をお楽しみください』
ジコチュー『ジュンバンナンテ、ムシダーーーー!!!』
美智子「きゃぁぁーー!!」
猛スピードで駆け上がったカニの怪物は、そのまま狭い展望台を駆けずり回る。
マナ「うぁ…はぁ……はぁ……」
膝に手を付き、息を切らすマナ。何段階段を登ったのかわからないくらい駆け上がったものの、999mのタワーの階段は伊達じゃなかった。
マナ「―――――――――絶対助ける…!」
一段飛ばしでマナは展望台を目指した。無限に続くかと思うくらい繰り返される階段を、生徒会長として、自分の信念に基づいて彼女は走った。
マナ「うわぁーーーー!!!!」
登りながら叫ぶマナ。自分に気合いを入れる時に彼女はよくこうして自分に喝を入れる。
ジコチュー『ヨコハイリィ!! コノケシキハオレノモノダ!!』
美智子「うぁっ!」
母親「あっ!美智子っ!!」
美智子「ままぁ…」
ジコチュー『ヨコハーイリッ!』
悲鳴を上げて逃げ出す人々。だけどエレベーターは壊れて動かない。美智子ちゃんも人の流れに呑まれてカニの怪物のすぐ横で倒れてしまう。
マナ「うわぁ!」
と、その時。重い扉を開いてマナが階段口から飛び出した。
マナ「――――――!!」
巨大なカニを見て、美智子ちゃんがそこにいるのに気づいたマナは咄嗟に彼女を庇ってカニの突進を避けた。
マナ「はぁ……はぁ……はぁ……」
息を切らすマナ。美智子ちゃんを抱え、無茶して走った体を休ませる。カニは暴走したた思いっきり壁に突っ込んで動かなくなった。
美智子「おねえちゃん?」
マナ「大丈夫…?」
「美智子!」
マナ「早く!美智子ちゃんを連れて逃げてくださいっ!」
母親「あ、あなたは?」
マナ「あたしなら大丈夫!さぁ早く!」
「ありがとうございます!」
マナに一言お礼を言って、親子はマナの上がってきた非常階段を降りて行った。他のお客も全員階段から下に避難したようだ。
マナ「はぁ〜〜…疲れたぁ…もううごけないよぉ」
くるりと階段の方から展望窓を振り返る。そこには自分の学校大貝中学校を始め、馴染みのある風景が一目で見えた。こうして見ると緑や山々に囲まれたとっても素敵な街だ。
マナ「でも、さすがにいい眺め……」
『グググッ』
マナ「ねぇ?」
壁にめり込んだ体をなんとか動かし、カニの怪物が壁から抜け出す。そのままゆっくり歩くカニに向かってマナは問いかけた。とっても素敵な景色だね。と。
『コノケシキハオレノモンダァ!』
マナ「きゃー!!なにすんの〜〜!」
しかし、カニの怪物はマナの言葉に耳を傾けず、独り占めしようとマナに襲いかかります。
マナ「この景色は誰のものでもない、みんなのものよ!独り占めしようだなんて、そんなワガママ言っちゃダメよ!みんなこの景色を楽しみにしているんだから…」
ラケル「ジコチューをせっとくしようとしているケル」
ランス「しんじられないでランス」
じーっとマナを不思議そうに見つめるカニ。マナはマナで正体不明の怪物に生徒会長モードで説教します。
シャルル「あのこ…」
そんなマナの見つめる3匹の妖精。
マナ「そりゃあ、あなたはカニだけど、カニだって人と仲良くした方が幸せになれると思うの……」
ラケル「シャルルっ!?」
シャルル「そこのあなた!」
マナ「え?だれ?」
マナは呼び止められて振り向いた。だけど、そこに人影はない。
シャルル「こっちシャル!」
マナ「え?」
視線を落としたマナは、そこにピンク色のウサギのぬいぐるみが置いてあるのに気づいた。
シャルル「あたしは、トランプおうこくからやってきたようせい、シャルルだシャル」
マナ「あ、どうも相田マナです。」
人差し指をシャルルに向けて握手をするマナ。既に巨大なカニがしゃべっている時点で難しいことは考えてないようだ。
ランス「さらっと、うけいれたでランス」
ラケル「あのこ、やっぱり、ただものじゃないケル」
マナ「もう慣れた!」
細かいことを気にしていたら生徒会長は務まらない。がマナの秘訣だ。
シャルル「あたしのチカラをつかうシャル!あなたならジコチューとたたかえるはずシャル!」
ぽん。と煙を立てたかと思うと、シャルルはピンク色のスマートフォンのような形状に変身した。
マナ「ジコチューってあのカニさんのこと?」
シャルル「さぁ、へんしんするシャル!」
マナ「うん、わかった。とにかくやってみる。」
シャルルに言われるがまま、マナは変身したシャルルを手にとった。後ろでジコチューが割り込めずに黙って見ている。
マナ「変身!!!」
ジコチュー『ムムッ!?』
テレビでよく見る変身ヒーローをイメージして、ライダーポーズを取るマナ。すると―――――――!!!
シャルル「……あれ?」
特に何も起こらない。
マナ「変っ身っ!?」
ジコチュー『ナンダソリャーー!!』
マナ「なんで〜〜!?」
ジコチュー『ジコチューーーー!!!』
マナ「きゃーーーー!!!」
じっとしていたジコチューも我慢に耐え兼ねてマナに襲いかかる。
「はっ!!」
ジコチュー『ハ!?ノアァーーー!!』
と、その時。振り下ろされたジコチューのハサミが横から弾かれた。謎の少女は、華麗に空中を舞い、ジコチューをそのまま展望台の反対側まで蹴り飛ばす。
「ダビィ!」
ダビィ「ダビィ!」
少女が叫んだ。すると、ダビィと呼ばれた、シャルルと同じようなスマートフォン型の妖精が、少女の目の前に飛び出した。少女はダビィの額に光る宝石をはめ込み、パネルにハートのマークを描く。
『"煌け!!ホーリーソード"!!!』
すると少女の手が眩く輝き、その手から無数の光の剣が、ジコチュー目掛けて放たれた。
ジコチュー『ラ、ラブ〜〜〜!!?』
攻撃を受けたジコチューはそのまま消滅し、後にはパタパタと浮かんだハートが浮かんでいた。
マナ「消えちゃった…」
「浄化したのよ。」
そのままジコチューだったハートはパタパタと心を奪われた男の人の下へ飛んでいき、くり抜かれたその胸に戻っていった。
「あ……、ここは……確かここに並んでいて…それからどうなったんだ?」
城戸先生「みんな無事か!?」
「先生!会長がまだ戻っていません!」
騒ぎを聞きつけてバスから飛び出した城戸先生は、生徒全員の点呼を取る。
城戸先生「なんだって!?」
六花「マナ…」
六花は不安そうにタワーを見つめた。確か彼女は上に登ってみんなを避難させたハズだ。だけど、六花はマナはまだ戻ってきていないような気がした。
マナ「―――――――――。あの…ありがとう助けてくれて。あたし相田マナです、あなたは?」
「……」
少女は何も語らない。ただ黙って、鋭い視線を一瞬マナに向けただけだった。
マナ「あのカニさんはなに?どうして暴れまわったりしたの?」
「こんなところにいたのか!キュアソード!!よくも僕のジコチューを倒してくれたな!許さないぞぉ!!」
いつの間にかジコチューがいた所に先ほど下で見かけた外国人っぽい少年が立っていた。キュアソードと呼ばれた少女を恨めしそうに睨んでいる。
マナ「キュア……ソード?」
ソード「あっ!」
次の瞬間、突然天井がひび割れ、中から巨大なハサミがマナに襲いかかった。
マナ「きゃあ!!」
ソード「危ないわ!!!」
ソード「――――――は!きゃあっ!」
マナを庇ったソードはハサミに挟まれてそのまま展望台の上へと連れて行かれた。
ジコチュー『ジコチューーー』
砕けた天井の穴から、展望台の上にもう一匹のカニのジコチューがいる事にマナは気づいた。
マナ「もう一匹!?」
「あなたはいつも仕事が雑なのよ、イーラ」
イーラ「マーモ!!」
イーラと呼ばれた少年が見上げた先には、女性が立っていた。マーモと呼ばれたその女性は、雪女のように肌が白く、半分ダウンコート、半分サマーカジュアルなちぐはぐな格好をしていた。
マーモ「でも、おかげでプリキュア最後の一人をいぶり出す事ができたから良しとするか。」
ジコチュー『ジコチュー』
イーラ「さては、僕のジコチューが倒れるまで隠れて見てたな!自己チューなやつ!!」
ジコチューがキュアソードを挟んだまま、マーモの目の前にキュアソードを差し出す。キュアソードは、体にハサミががっちり挟まっていて抜け出せないでいた。
マーモ「うふふ。教えてプリンセスはどこ?」
ソード「くっ―――――――!!」
艶やかな声でマーモが問いかける。静かな声だが、その中にはどこか威圧した感情が込められていた。
マーモ「さぁ!」
ソード「あ、あなたたちに教えることなんて、ない!!!」
マーモ「滅びた王国に義理立てするなんて、とんだお馬鹿さんね」
上の様子が気になって、マナは崩れた天井の穴から展望台の上に登る。
マナ「う、ううっ…はっ!!」
マーモ「いいわ、ジコチューやっておしまい!!」
ジコチュー『ジコチュー』
ソード「うっ!うあああああああああ!!!!!」
ハサミがソードの体をさらにキツく締め上げる。堪らずにソードは悲鳴を上げる。
マナ「はっ!!やめて!!その子を離してーー!」
マナはなんとかソードを助けようとジコチューに駆け寄り、その足を掴んで持ち上げようとする。
ジコチュー『アアン?』
マーモ「なーに?」
マナ「ふぬ〜〜!!!う〜〜ん!!!」
ソード「…っばか…」
ジコチュー『ホイ』
必死のマナを、蚊でも払うかのように、ジコチューは足を突然上げて勢いでマナを弾き飛ばす。そのままマナは展望台の端の手すりに体をぶつかり、ようやく勢いを止めた。手すりがなかったらそのまま何百mも下に落ちていた…。
マナ「わぁ!!うっ!」
マーモ「ただの人間は引っ込んでな」
ソード「うぅーー!!!!」
マナ「…どうしよう、あの子あたしのせいで…」
自分を守るため、ソードは身を挺して守ってくれた。だけど、それでソードが苦しむのをマナは黙って見ていられなかった。
シャルル「マナ…」
マナ「お願い、あたしに勇気を…力をください!!!!」
シャルルに勇気の出るおまじないをする。辛い時はいつもやっていたおまじない。手の平に描くように、シャルルのパネルにハートを描く。
ソード「うあああぁぁぁ!!!!!!」
マナ「お願いしますっ!!!!!」
強く、強く願った。力があれば、みんなを守れる力があればと。
マナ「――――――――キュアラビーズが!?」
その想いに反応して、キュアラビーズが光り輝く。
シャルル「マナ!そのかがやきをあたしにせっとしてさけぶシャル!――――――――――プリキュアラブリンク!!!」
マナ「うん!!」
よくわからないことだらけだけ、マナは自分が何をすべきか、どうなるのかを既に心で感じていた。
自分のリボンに付けていたキュアラビーズを外し、シャルルにセットする。
マナ「プリキュア!ラブリンク!」
『L・O・V・E』
眩い光は、希望の色。
輝く瞳は、信念の想い。
愛する人々のために、みんなを守るその心。
そう。相田マナはプリキュアとしての素質は、十分すぎるほどだった。
ハート「みなぎる愛!キュアハート!!」
イーラ「うおあ!?」
マーモ「何なの……?」
ソード「キュア…ハート…?」
ラケル&ランス「わぁ…」
ハート「愛をなくした悲しいカニさん!このキュアハートがあなたのドキドキ取り戻してみせる!」
ジョー岡田「ついに目覚めたようだね…マイスウィートハート…」
タワーを見上げる青年、ジョー岡田。また1つここに新たなプリキュアが誕生した。
次回は早速親友六花に正体がバレた!?
次回「ガーン!キュアハートの正体がバレちゃった!!」