亜種特異IV [ 禁忌降臨庭園 セイレム ] 異端なるセイレム【第1節 アンノット 夜明け前】
幾度もの惨劇を経た北米東海岸の町村を、突如として暗闇が覆いその地の住人である五万人のアメリカ国民の存在が消失した。
原因究明のために潜入した暗闇の内部は17世紀末の「セイレム」。かの魔女裁判を装うかのように現れた最後の亜種特異点で、異形の存在と対峙していく。
1692年 マサチューセッツ州セイレム村である悲劇が起こった。
親に隠れて降霊会に参加した当時12歳の少女「アビゲイル・ウィリアムズ」らが突如として奇行を起こしたことから悪魔憑きと診断され、少女たちの証言から100名を超える村人たちが「魔女」と告発された。
裁判で「魔女」と判決された者は、19名が絞首刑、1名が拷問死、5名が獄中死するという凄惨な事態が勃発した。
それは、「アメリカ史上最悪の魔女狩り」とも称された。
ふんぐるい
むぐるうなふ
くとぅぐあ
ふぉまるはうと
んがあ・ぐあ
なふるたぐん
いあ!
くとぅぐあ!
それは灰色。
それは炎。
それは稲妻。
それは禁忌。
夜明け前のソラにある、外からの来訪者。
レイシフトで浮かび上がった体が地面に足を付けた時、目を開いて驚愕した。
何も、見えなかったからだ。
マシュの声がする。どうやら近くにいるようだけど・・・。
夜とかそういうレベルじゃないよね?この暗さ。。
みんな、無事?
どうやら森育ちのロビンには周囲が見えているようだ。自分はいくら目を凝らしても、ここが森の中かどうかすらわからない。。
どうやら、みんな無事に到着したらしい。
哪吒は、最近カルデアに召喚されたばかりのランサークラスのサーヴァントだ。
全員いるかい、マシュ?
一応声はするものの姿は見えないので、念のため声をかけておく。
あの・・・メディアさん・・・?
とりあえず、村の中心へ向かおう。
・・・。じゃあ「マスタード一座」でいいんじゃない?
わかってますよ、そんな気にしなくても。
そうか、、マシュと一緒ならやろうかな
たしかにね警戒は怠らず、ということか。
えーっと、なんだっけそれ。
まぁまぁ冗談ですよ。
(いやぁもうそりゃ、大いに気になるんですけどぉ・・・)
焚き火?
物陰からこっそりと焚き火の方を伺う。
揺れる焚き火の炎に照らされた影たちは、幼い少女たちのものだった。
・・・。
一見すれば、幼い女の子たちが焚き火を囲って、遊んでいるように見えるが、日も暮れたこんな夜に、人気のない場所で、子供だけで行っているのは、何か異様に映る。
魔力を感じるかい、メディア?
魔術的な儀式の可能性も考慮してメディアに一応確認する。
・・・?どういうこと?
え?それって・・・?
霊子化の影響、いや、ここは順当に敵の罠だと考えた方が自然か。
茂みの向こうから物音がして、少女が一人こちらを見ていた。
どうやらこっちも声を大きくしすぎたようだ。
ロビンは反射的に弓を構えていた。しかし、相手が子供の姿をしていても、サンソンが止めるまではロビンは弓を下ろさなかった。
(ええと、旅の一座らしくごまかそう!)
あちらの彼女たちのお友達かな?
できるだけ怪しまれないように、かつこちらに質問が来ないように少女に逆に質問をする。
ちょ、哪吒はもっとこう言い方が・・・!?
あかん。ロビンの声を聞いて女の子は怯えて行ってしまった。
マタ・ハリが言うように、焚き火の方から叫び声がした。
コブシ大の石が獣に当たり、それで動きが鈍った。
石を投げたのはロビンだ。
OK、マタ・ハリとマシュは彼女たちの避難。こちらの戦闘の様子を見られても後々都合が悪いからね。
そこに群れていたのはなんてことの無いオオカミの群れだった。
威嚇しながら、ロビンは周囲の狼を遠ざけた。
確かに。いつもなら常人ではできないほど動きが鈍っている。まるで、それぞれが魔力のバックアップなしに、生前の時のそのままの力に戻っているような感じだ。
具体的には、レベルが半減したぐらいの能力しか出せていない。。
あ、それはまずい!
物騒だよ、哪吒。
自分はマスタード。きみは・・・?
彼女の気を紛らわすために自己紹介をする。
ええと、ところで今日は何日だっけ?アビゲイル。
レイシフトは同時間軸で行われているハズだ。
だけど、カルデアに上がった報告だと、この時代は17世紀の世界になっているようだ。
あぁ、そうだったそうだった。。。あと、ちなみに今年は西暦何年だっけ?
(あぁ、魔女裁判があった年だ!)
気がつくと、中柄の紳士服を来た男がそこに立っていた。
全員驚いて振り返る。足音は全くしなかったどころか、誰も彼の気配に気づかなかったからだ。
どうやらアビーの知り合いらしい。となるとセイレム村の住人か。
本当ですか?では、有り難くご厄介になります。
・・・。会話の内容からするに、二人は同じ所に住んでいるらしい。となれば、叔父様というのは事実、叔父と姪の関係なのだろうか。
ランドルフ・カーター・・・。
他に行く宛もなく、宿屋を借りるお金もなかったので、遠慮なくランドルフ・カーター氏の屋敷に厄介になることにあった。
朝日がセイレム村を照らす。
カーター氏の屋敷から窓の外、水汲み場を見るとアビーの姿があった。
水汲みをしている女性は、テュティバというそうだ。アビーと親しそうに話しているのが見えた。
通信機の調子はどう、マシュ?
屋敷に誰もいないことを確認し、カルデアとの連絡を取るために通信機の設定を進めた。
マタ・ハリは世界でも有名な諜報員だ。この手の潜入、隠密行動はさすがに早い。
それで、この村の様子は?
え、急にどうしたの?
でも、それだと本来このセイレムに住んでいた人々はどうなってる?
・・・、まだ情報が足りないな。
水汲みを終えて、テュティバが屋敷に戻ってきた。終盤の会話が聞こえてしまっていたらしいが、芝居の稽古だと思ってくれたようだ。
・・・メディアさん?テュティバさんが何か・・・?
ぺこり、と一礼してテュティバは屋敷を出ていった。
屋敷から離れていく音を聞いた後、メディアがぼそりとこちらに耳打ちした。
どう?って、温厚そうな黒人の女性?
というとまさか?
・・・?何のこと?
会話はそこで中断された。屋敷の外からアビーの抗議するような声が聞こえたからだ。
しばらく様子を見ていたが、何やら不穏な気配を感じて、カーター氏の間に割って入った。
たかが子供のいたずらじゃないですか?
一瞬の沈黙を破って、マタ・ハリが声をかけた。落ち着いた声色から、彼女に考えがあるようだ。
この場の空気に耐えられなくなったのか、アビーはそのまま屋敷とは反対方向に走って行ってしまった。
そのままカーター氏とテュティバさんは屋敷に戻った。
自分たちは村を見て回りたいとカーター氏に伝え、この後の動きについて話すことにした。
ええと、事態が事態だし、まずは魔神の手がかりを探さないと。だけど・・・。
うん。じゃあとりあえず、各々で分かれて情報収集をしよう。
そうだね、了解。
メディア、ロビン達と別れ、アビーが走っていった方向を歩いた。
一方、サンソンとマタ・ハリは広場に向かって調査を開始した。
広場の中央した一際大きな建物があり、見たところ、公会堂のようだ。
うーん、周囲の視線が痛い・・・。
男は憤慨した様子で去っていった。
ラヴィニアは不敵な笑みを浮かべた。「魔術」と、この魔女狩りの地でその言葉が出たのは・・・・・・。
ラヴィニアはそれ以上は何も言わず、すぐに背中を向けて村の端の方へ歩いていった。
特に追う理由もない二人は、その姿をじっと見つめていた。
(悪い顔)
アビーの後を追ってマシュと海風の香る丘に出た。
この風景はカルデアに上がった報告のスケッチであったね。
いつも通りヘンだったけど、今日はレイシフト前から様子がおかしかったね。
うん。マシュの直感信じるよ。それとなく探ってみよう。
そうだね。あ、ほらあっちで金色のウサギが跳ねてる。
とてとてと、海沿いの路を歩いていたアビーは、しばらくして一段と景色の良い場所で足を止めた。
海風に揺れる彼女の金色の髪が、実にキレイだ。
この子はこの子で、昨夜の出来事に責任を感じているらしい。
それはそうだ。ただのいたずらの末、狼に襲われる事態にまでなってしまったんだし、あの場に自分たちがいなかったら、きっと悲惨な事になっていただろう。
そうだな、ちょっと散歩しよっか。
じゃあ、「友達」だったら構わないんじゃない?
アビーは何が好きなの?
なんとかポジティブな感想を言おうとして、思い出した途端味が蘇ったのか、マシュは視線を反らしながら言った。
この村のことは好きかい、アビー?
あぁそうだよね。まだこの時代にはないよね。。。
仲良しと言いつつ、急にアビーの顔色が暗くなった。
つまり、今、喧嘩中かな?ラヴィニアと。
3つの質問?
やっぱり、あの子か・・・。
良かったね。
ここからだと遠くて細かい様子まではわからないが、でも、よく見ると、口論しているような声が聞こえてくる。
しかし、その時静かな村銃声が鳴り響いた。
確か、波止場には誰か向かってたよね!?
アビーの様子がおかしい。まるで見えない何かに怯えているようだ・・・。
とりあえず、アビーのことはマシュに任せて、自分は波止場に唯一あったバーに入った。
以前口論は続いている。
ロビンが相手に聞こえないトーンで哪吒に訴えた。
どうしたの?哪吒?
「うーん、結局何が起こったの?」
え、いいん・・・だ。
いや、それはNGでは・・・?
いやそこなの!?もっと色々あるんじゃ・・・!
よし、確かにロビンが悪い、謝ろう。
ええと、つまり・・・。
すると、近くで座っていた老人が立ち上がり、語気を荒くしてこちらに言い詰め寄って来た。
初日で早くも失敗しそう・・・。
(な、哪吒・・・!)
ふぅ・・・。またトラブル発生か・・・。
(そこは素直に受け止めよう)
(おいおい・・・!)
確かに!
縛り首・・・!?また物騒な・・・。
・・・。いよいよその話題が出てきたね。
一種の試練だね。異存はないよ。ここにいない顔ぶれが心配だけど。
わかった、よしやろう。この村での最初の興業を。
ありがとうマシュ。
さぁて、じゃあ色々と支度しないと!
了解いました。
で、俳優たちの様子は・・・と。
マシュが手伝ってくれて助かったよ。
舞台上に注がれる視線は並々ならぬものだった。
歴戦の英雄たちが妙に緊張しているのは、こっちもなんか新鮮だったが、とにかく、この芝居に今後の安定した居場所がかかってるんだ・・・!
少しだけ緊張して高くなった声色のまま、マシュのナレーションは淡々と進んだ。聞き取りやすく、適度な間を置いた説明は、ある意味ではオペレーター経験が活かされているのだろう。
あ、いかん、これ。
なぜ台本が食い違ってるんだろう・・・。まさかアンデルセン・・・。
それはきっと、「砂漠」と関係が?
無事?舞台の幕は下りた。
拍手喝采とはいかなかったが、それでも期待よりは大きな拍手を貰えた。
公演が終わった後、少し外の様子が物々しかった。
見ると公会堂の外に人が集まっているようだった。
・・・。
ちょっと待って、て、展開についていけない。
そんなテュティバさんが・・・!
・・・メディア?それってどういう・・・?
突然現れた男、マシュー・ホプキンス。
そして、連行されたテュティバ。
少しずつ狂気の歯車が、セイレム村で回り出す。
疑う者と疑われる者。
罪とは何か、魔女とは何か。
これは歴史からズレた異端の土地で起こる、悲劇の序幕に過ぎなかった。