雪の日に~下町人情編~
1/22 都内某所。
この日、東京を大雪が襲った。
私はというと、上司と後輩と一緒に、打ち合わせ先から会社に向かっていた。
「雪すごいッスねぇ・・・」
はぁ、と吐いた白い息がそのまま雪と混じり落ちていく浜松町の山手線ホーム。
午後4時半。既に駅は人混みで混雑していた。
早期帰宅を命じられた多くの会社員と買い物帰りの主婦と授業を早めに終えた学生で電車はごった返していた。
「屋根、意味ねぇ・・・」
真ん中が屋根になっている駅のホームは左右から雪が入りたい放題だ。堪らずホームで傘を差す人が増え、どんどん人が並ぶスペースが狭まっていく。
『只今、降雪の影響により山手線全線で15分の遅れが発生しており―――――』
若干焦り気味の調子で駅構内に遅延の放送が流れる。
既に駅のホームに立って15分。未だに電車は来ない。
「あ、早く帰ろって・・・」
例に漏れず、うちの会社も早期帰宅指示が出た。
本日中の作業があった取引先に謝罪のメールを送り、ようやく来た緑の電車に乗り込んだ。
そこから、品川、大崎、とどんどん社内の混雑が酷くなってくる。
(あ、なんか既視感。)
我先にと安全な電車の奥に避難する人、我先にと扉に向かって声を上げる人で社内は大混乱。人が人にぶつかり、人に当たり、人に激突し、足を踏み、肘を打ち、傘が刺さった。
『お客様降りられる方優先でお願いします。降ります、という方は降りるアピールをして周りの方に知らせてください。』
『押さないでください!押さないでください!"どうせ"すぐに発車しません!押さないでください!』
(あ、これコミケ3日目だ)
混雑対応で苛立ち気味の駅員の若干カオスな社内放送を聞き、ちょっとほっこりしながら一駅5分かけてようやく渋谷駅に到着。
外は絵に描いたように真っ白。
この時点で山手線は40分の遅れ。
「お前、もう帰ったら?」
時刻は17時過ぎ。通常でも電車で1時間かかる私の通勤事情を察して、心優しい上司から有り難い言葉が出た。
せっかくなので言葉に甘えてそのまま帰ることにした。
後輩が座っていた席をそのまま引き継ぎ、座席を確保して勝ち組気取りにそのまま山手線で乗り換え駅まで乗っていった。
早めに帰れるし、帰宅は楽々だし、今日は暖かいもんでも食べて寝よう。
そんな甘い期待はこの後粉々に砕かれた。
「全」 「線」 「運」 「休」
サラリーマンにとって最も過酷な四文字熟語が、私の前に堂々と現れた。
乗り換え先の電車が全線止まっていた。
膝から崩れ落ちるとはまさにこの事。最も本当に膝から崩れ落ちたわけではないが、膝から崩れ落ちそうな衝撃を受けた。
会社に入ってはや数年。この路線で運休に遭遇したことはなく、今回もまぁいけるだろうと甘く見ていた。
とにかくタクシーかバスしか選択肢はなくなった。バス停は混雑するだろうから、タクシー、しかし、それも簡単に見つかるのかは怪しい。
一旦家に電話する。
母『・・・・・・もしもし?』
「かーえーれーまーせーんー。」
母『だよねーwwwwwwwwww』
「・・・・イラッ)くーるーまーだーしーてー」
母『無理wwwwww雪でwwwww車出せねーーーwwwww』
とても生みの親とは思えない塩対応に苛立ちながら、仕方なくバス停へ向かった。
駅から出ると、雪は吹雪になっていた。東京終わったと思った。
バス停を見ると予想通り長蛇の列ができていた。さらに吹雪で横殴りの雪が、棒立ちのバス停の乗客に容赦なく襲いかかり、身体の片面を雪で覆い尽くしていた。
「見事な樹氷だ、バスはやめよう。死ぬわこれ」
一応バスの最後尾を探す。
そんなに長い列じゃなければ、並んでもまぁ良いだろうと思ったからだ。
5分後
最後尾を発見。しかし、最後尾に移動するだけで5分かかった。
ずらっとバス停からぐにゃぐにゃ曲がりくねった行列は、そのまま駅のビルを一周する勢いでずーーーーーーーーーーーっと奥の方まで伸びていった。
私は思った。
(あ、これコミケ3日目だ)
「こんなところにずっと居られるか!俺は先に出ていくゼ!」
モンスターパニック映画だったら、部屋から出た瞬間に食い殺されるモブキャラのような台詞を吐きながら、タクシーを探した。
そして、タクシーを探すのをやめた。
事故で道路が封鎖され、車が一歩も動いていなかったのだ。
諦めて近場のホテルを当たったが、どこも満室で埋まっていた。みんなやることは同じらしい。
東京は死んだ。
つまりもう徒歩しかない。
はぁ、と吐いた白い息がそのまま吹雪と混じり吹き飛んでいく。
近くのコンビニでスパイシーチキンとホットカフェモカを買って歩き出した。
道路は、同じ末路を辿った人々が同じ方向に向けてみんなでずらずらと歩いていた。
かつての災害の帰宅困難の光景を彷彿しながらも、あの時よりも雪の冷たさ、風の寒さが加えられ、滑って転ばないよう足元に最新の注意を払いながら歩き続けた。
ちなみに、電車が運行していれば15分で着くのだが、歩いて帰るとなるとどう見積もっても1時間はかかる。
幸いなことに防寒対策の着込みはばっちりだったので、身体はそれなりに温まりながら、慣れない雪道をひたすら歩いた。
1時間・・・・・。1時間歩けば大丈夫だ。。。。。
1時間後。
「ぼくはもうしにます。」
歩いて10駅のところ、1時間かけてまだ4駅しか歩けなかった。
慣れない雪道で予想以上に歩くのに時間がかかっているのに加え、そこら中同じ人ばっかりで道がそもそも混雑していて思うように歩けないことが原因だった。
道路は事故で完全ストップ。バスも電車も止まったまま動かない。トイレのためにバスを降りてコンビニにかける人もいた。まさに地獄。雪は止まない。
ポケットからホットカフェモカを取り出そうとして空を切った。ない。落とした。一口も飲んでないのに落とした。
いつか、夏の涼しい日。
終電を逃し、タクシーを捕まえられずに仕方なく歩いた時を思い出した。
確か、この辺で疲れ切って、なんとかタクシーを拾ったんだった。
涼しい夏の日ですら、この地点で諦めたのに、なぜこんな豪雪の中、徒歩で私は歩いているのだろう。しかもまだ3割程度だ。
踏み出す足は白い道に消え、視界は360度ホワイトアウト
ミスチルの歌詞みたいな状況に目から汁が溢れる。
さらに30分後。
極めつけは、死の橋と化した、河川敷だった。
登りは坂道で滑りやすく、足首を痛めた。
下りは坂道で滑りやすく、足首を痛めた。
橋の上は豪風で、雪が重力に逆らって下から拭き上げていた。
しかし、傘を下にさすのは、人類にはまだ早いので、傘をさすことを諦め、仕方なくなるべく早く歩いた。
しかし、下から降る雪に挑戦した多くの人が、そこで傘を犠牲にしていた。
道中は、歩く人と同じぐらいの数、壊れた傘が転がっていた。まさに傘の墓場だ。
しかも、傘は豪風で吹き上げられ、空中をくるくると周り、横を走る車のボンネットやウインドウにバンバンぶつかっていく。
もし、運転手がパニクってハンドルを左に切ろうものなら、横を歩いている我々と車ごと川に投げ出される、という死と隣り合わせの状況に怯えながら、豪風で樹氷化している身体を必死で動かした。
2時間後
7駅目を通過。体力が限界に近づく。痛む左の腰をかばった結果、右の腰を痛めてしまった。つまり両腰が痛い。膝から崩れ落ちそうだ。今度は比喩ではなく・・・。
「足が死ぬ、、、、、コミケ3日目かよ・・・・・・。」
3回目のコンビニでの補給。幸いイートインが空いていたのでホットコーヒーを飲みながらしばし身体を休める。明らかに会社に泊まった方が良かったことに後悔しながらも、全く回復しない身体に絶望を感じていた。
あと5kmぐらい...。か。
「よう、兄ちゃん兄ちゃん」
もうでもいよいよ辛くなってきた。くそ、目から汁が・・・。
「そこの兄ちゃん!」
え、あ、俺?
イートインに居た私に、中年の男が声をかけてきた。コンビニの店員・・・ではない。
「ちょっとトラック手伝ってくれない?」
男は軽い調子で私に言った。見ると傘をさしていなかったのか、雪まみれだ。
「え?あ?なんでしょうか?」
急に話しかけられ戸惑う私。話を聞けば、男はトラックのタイヤにチェーンを付ける作業を手伝って欲しかったそうだ。トラックはコンビニの駐車場に止めてあった。
「そうそう、そっち持っててくれ。そう、それで、こうして、、、、うん、、、おっけい!」
慣れない手つきでガチャガチャとチェーンをタイヤに巻いていくトラック運転手。
しかし、巻きつける途中で、チェーンの片側を固定しなければならないらしく、たしかに一人では困難な作業だった。
「いやぁ助かったよ。これ、なんか食いな」
そう言って男はくしゃくしゃの千円を財布から出して私に渡した。
最初は断ったが、どうしても受け取ってくれと言うので、仕方なく受け取った。内心はちょっと嬉しかった。
それから男と別れを告げ、傘をさして残り3駅を歩いた。
その時、
「おーい!兄ちゃん!」
さっきのトラック運転手が吹雪の中、走ってまた呼びかけてきた。
「良かったらちょうどあっちに出るんだけど、乗ってくかい?」
!!!
聞けば、運転手はちょうど私と同じ方角に向かうらしく途中まで乗せてってくれるらしい。
お礼を言って、トラックの助手席に乗せてもらうことにした。
タバコ臭い車内だったが、とても暖かかった。
道中、10分くらいだったが、お互いエレカシの話をしながら、近くの駅まで運んでもらった。男は新井というそうだ。
コンビニで無くしたホットカフェモカをもう一度買って、家に帰った。
感想
コミケ3日目みたいな日だった。